犬パルボウイルス性腸炎とは?|重症化しやすい子犬の下痢、その病態と治療戦略

犬パルボウイルス性腸炎(Canine Parvovirus enteritis:CPV)は、特に子犬で命に関わる重篤な消化器感染症です。
ワクチンが普及した現在でも、未接種犬やワクチンプログラム途中の子犬では依然として重要な疾患であり、早期診断と適切な支持療法が生存率を大きく左右します。
本記事では、犬パルボウイルス性腸炎の病態と診断、治療戦略についてポイントを解説します。
犬パルボウイルス(CPV)の特徴
犬パルボウイルスはパルボウイルス科に属する非エンベロープDNAウイルス(ssDNA)で、
- 消毒薬や環境変化に非常に強く
- 環境中で5〜7ヶ月以上感染力を保つ
という特徴があります。
感染は主に感染犬の便に汚染された環境を経口摂取することで成立します。
パルボウイルスは消毒用アルコールに効かず、次亜塩素酸ナトリウム(塩素系漂白剤)が有効です。
複合次亜塩素酸系消毒剤(ビルコン®やハイター®など)を薄めた消毒液で、30分〜1時間以上のつけ置きや拭き掃除が必要です。汚染された排泄物や食器は必ず事前に汚れを取り除き、その後消毒液をしっかり染み込ませてから、素材に合わせて濃度(0.1%〜0.5%程度)を変え、人間も使い捨て手袋やシューズカバーで感染予防しましょう。
疫学:なぜ子犬が危険なのか
犬パルボウイルスは特に生後6週齢〜6か月齢の子犬で発症しやすい疾患です。
これは以下の要因が重なるためです。
- 母犬由来の移行抗体が減衰する時期
- 自己免疫が未成熟
- 離乳・食事変更による腸粘膜の不安定化
母犬由来抗体により、初乳の給餌より数週間は感染防御されます(移行抗体半減期:10日)。
すなわち、母親が犬パルボウイルスに対してワクチン接種により抗体価が高いほど、初期での犬パルボウイルス性腸炎の発症は少ないと考えられています。
近年の報告では、CPVが発症した場合、適切な集中治療を行った場合の生存率は80〜95%以上とされており、かつて言われていた「高死亡率の病気」という印象はやや修正されています。
一方で、無治療や治療開始が遅れた場合は依然として致死的です(無治療の死亡率:91%)。
成犬ではワクチンや自然感染により免疫を獲得していることが多く、発症は稀ですが、不顕性感染としてウイルスを排出する可能性はあります。トリミングサロンや宿泊施設でワクチン接種証明書が必要となるのはこの為です。
発症機序(病態生理)
CPVは体内に侵入後、分裂が盛んな細胞を選択的に破壊します。
- 経口感染後、局所リンパ節で増殖
- ウイルス血症(感染後3〜5日)
- 腸陰窩上皮細胞・骨髄・リンパ組織を障害

その結果、
- 腸粘膜の壊死 → 出血性下痢・蛋白漏出
- 骨髄抑制 → 白血球減少(特にリンパ球減少):3〜5日がピーク
- 腸内細菌の血中侵入 → 敗血症リスク上昇
を引き起こします。
腸管上皮は再生が早い(3〜5日)ため、この期間を特に注視して乗り越える事ができれば回復を期待できると思われます。
臨床症状と検査所見
主な臨床症状
- 初期:元気消失、食欲不振、発熱
- 1〜2日後:嘔吐、激しい水様〜血様下痢
- 進行例:脱水、低血糖、低循環性ショック
代表的な検査所見
- CBC:白血球減少(特にリンパ球)
- 生化学
- BUN・ALT上昇(脱水・循環不全)
- アルブミン低下(腸管からの喪失)
- 低カリウム血症
- 低血糖(敗血症や栄養不良)
- CRP上昇(炎症マーカー)
診断
臨床現場では便中抗原ELISA検査が一般的です。
ウイルス排出のピーク(感染後4〜7日)では高感度ですが、
- 発症初期
- 回復期
では偽陰性も起こり得るため、臨床像と不一致ならPCR検査や再検査の検討が必要となります。
治療の基本:支持療法がすべて
軽症例(ごく限定的)
- 状態が安定している場合のみ通院治療を検討
- 皮下輸液、制吐、厳重な経過観察
※実際には多くの症例で入院管理が推奨されます。
重症例:入院集中治療
現時点でも特効的な抗ウイルス薬は確立されておらず、支持療法と合併症管理が治療の要です。
① 静脈輸液
- 脱水・ショックの是正が最優先
- 乳酸リンゲル液を中心に、状態に応じて補正
- 電解質・血糖の頻回モニタリング
嘔吐・下痢による脱水と電解質・蛋白喪失が激しいため、バランス電解質輸液(乳酸リンゲルなど)による静脈輸液が基本です。特に中等度〜重度脱水では皮下輸液は不十分です。
ショック例では、必要に応じて 初期ボーラス(例:最大 90 mL/kg/hr) を実施し、その後は脱水度+持続ロスに応じて持続点滴で維持します。
電解質異常(特に低K)や低血糖がよく合併するため、必要に応じて点滴液への K⁺添加やグルコース添加(例:2.5–5%) を検討します。
② 抗菌薬
腸粘膜バリアの破綻と白血球減少により、細菌のトランスロケーションおよび敗血症リスクが高くなります。そのため広域抗菌薬の併用が推奨されます。
例として β-ラクタム系(例:アンピシリン 20 mg/kg IV q8h)+グラム陰性菌カバー(例:ニューキノロン系など)を用いる事多いですが、年齢や合併症(腎機能など)を考慮した上で検討します。
③ 制吐・支持療法
症状に応じた支持療法を適宜併用することが重要です。嘔吐が認められる場合には、制吐剤としてマロピタントやオンダセトロンなどを使用します。
下痢止めの使用については賛否両論があります。鎮痙剤であるスコポラミンは腹痛緩和効果が期待される一方で、腸管アトニーやイレウスを誘発するリスクがあるため、本疾患では使用を避けます。また、腸管蠕動運動を強く抑制するロペラミドは、下痢を抑えることで水分喪失の軽減には寄与しますが、腸内容の停滞を招き、腸内細菌の異常増殖を助長する可能性が指摘されています。
その点、同じ止瀉薬であるベルベリンは、軽度の分泌抑制作用に加え、腸粘膜保護作用や病原性細菌の増殖抑制作用など多面的な効果を有しており、比較的使用しやすい選択肢と考えられます。
犬パルボウイルス性腸炎においては、腸粘膜バリア機能の早期回復が治療成績を左右する重要な要素です。
従来は「嘔吐が完全に止まるまで絶食・絶水」とする管理が一般的でしたが、近年では入院後12時間以内に鼻胃チューブなどを用いた経管栄養を開始することで、腸粘膜修復が促進され、臨床症状の改善や体重回復が早まることが報告されています。
④ 免疫補助療法
- インターフェロンω(インターキャット®:1〜2.5単位/kg/日 IV 3day連日投与)は一部の研究で生存率改善が報告されていますが、補助的治療という位置づけです。
⑤低アルブミン血症
犬パルボウイルス感染症では腸管からの蛋白漏出により低アルブミン血症を呈することがあります。
低アルブミン血症では膠質浸透圧が低下し、血管内水分が血管外へ移動しやすくなります。その結果、相対的循環血液量減少をきたし、低血圧やショックのリスクが高まります。
- 重度の低アルブミン血症(例:ALB <2.0 g/dL)
- 循環維持が困難な場合
では、ヒトアルブミン製剤(アルブミナー®)を選択肢として検討することもあります。
ただし、投与には副反応リスクと費用説明を十分行った上で慎重に判断する必要があります。
犬パルボウイルス感染症での汚染物の処理と消毒方法
犬パルボウイルスは環境中で非常に長く生存できるウイルスであり、治療と同じくらい汚染物の適切な処理と消毒が重要です。一般的なアルコール消毒は効果が不十分なため、正しい方法を知っておく必要があります。
便・嘔吐物の処理
便や嘔吐物はウイルス量が多く、感染拡大の原因となります。使い捨て手袋やペーパーで回収し、ビニール袋に密閉して廃棄してください。可能であれば、廃棄前に次亜塩素酸ナトリウム(家庭用漂白剤を薄めたもの)をかけてから処理すると、より安全です。
ペットシーツ・タオル・毛布
使用したペットシーツは原則として廃棄することをおすすめします。タオルや毛布を再使用する場合は、便を除去した後、次亜塩素酸ナトリウムで消毒し、高温洗浄・十分な乾燥を行ってください。ただし、完全な消毒は難しいため、可能な限り使い捨てが安全です。
ケージ・床・食器類の消毒
ケージや床、食器などは洗浄後、次亜塩素酸ナトリウムで10分以上浸す、または十分に濡らした状態で接触時間を確保してください。その後、水でしっかりすすぎます。金属や色柄物は腐食や色落ちに注意が必要です。
注意点
犬パルボウイルスは非常に抵抗性が強く、アルコールや一般的な消毒薬・洗剤では十分に不活化できません。また、庭や土壌などの屋外環境は完全な消毒が困難なため、治療中および回復後もしばらくは子犬や未接種犬を近づけないよう注意しましょう。
まとめ
犬パルボウイルス性腸炎は、
✔ 早期診断
✔ 適切な輸液と支持療法
✔ 敗血症病態への的確な対応
によって、現在では「救える疾患」になりつつあります。
一方で、治療開始が遅れれば今なお致死的です。
子犬の急性下痢では、常にCPVを鑑別に入れる意識が重要です。
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