猫の上部気道感染症(猫風邪)について|原因ウイルスの特徴、持続感染、治療、重症化のメカニズム

猫の上部気道感染症(いわゆる「猫風邪」)は、動物病院で診療していると、診る機会の多い病気のひとつです。これは単一の病原体による疾患ではなく、猫に鼻水や目やに、涙、くしゃみ、発熱など、いわゆる風邪のような症状になる感染症の総称を指します。
主な原因病原体には、猫ヘルペスウイルス1型(Feline herpesvirus type 1:FHV-1)、猫カリシウイルス(Feline calicivirus:FCV)、クラミジア(Chlamydia felis)、Mycoplasma 属菌、Bordetella bronchiseptica などがあり、これらは単独感染だけでなく、複数の病原体による混合感染も起こり得ます。
今回の記事は猫の上部気道感染症について、原因病原体の特徴や症状、治療法などを中心に詳しく解説します。
1. 猫の上部気道感染症とは
猫のいわゆる「猫風邪」は、単一の病原体によって引き起こされる疾患ではありません。一般に猫上部気道感染症(feline upper respiratory tract disease:FURTD)と呼ばれ、くしゃみ、鼻水、結膜炎、口腔内病変、発熱など、さまざまな症状を呈する感染症の総称として用いられます。
解剖学的には、上部気道は鼻腔・鼻咽頭・口咽頭・喉頭までを指し、気管・気管支・肺実質は下部気道に分類されます。一方、猫上部気道感染症という用語は、解剖学的な感染部位だけでなく、猫ヘルペスウイルス1型(FHV-1)や猫カリシウイルス(FCV)などによって引き起こされる臨床症候群を指す場合にも用いられます。そのため、気管支炎や肺炎などの下部気道病変を併発していても、猫風邪という臨床的な枠組みで捉えることに矛盾はありません。
主な原因病原体には、猫ヘルペスウイルス1型(feline herpesvirus type 1:FHV-1)、猫カリシウイルス(feline calicivirus:FCV)、猫クラミジア(Chlamydia felis)、Mycoplasma属菌、Bordetella bronchisepticaなどがあります。これらは単独で感染する場合だけでなく、複数の病原体が関与する混合感染も起こり得ます。
猫上部気道感染症では、原因病原体によって症状の現れ方に一定の傾向がみられます。
しかし、臨床症状だけで原因病原体を特定することは困難です。特に、くしゃみや鼻水は多くの病原体に共通して認められるため、眼や口腔内の病変、発熱などの全身症状を含めて総合的に評価することが重要です。
2 . 原因病原体の特徴および病態の違い

2-1. FHV-1:猫ヘルペスウイルス1型
FHV-1はエンベロープを有する二本鎖DNAウイルスで、猫の上部気道感染症や結膜炎、角膜炎の重要な原因です。
主な標的は結膜、角膜、鼻腔などの上皮細胞であり、感染細胞の障害によって鼻炎や結膜炎を引き起こします。
眼病変では角膜潰瘍が重要で、特に樹枝状角膜潰瘍はFHV-1感染を疑う手掛かりとなります。
FHV-1の大きな特徴は、初感染後に潜伏感染を成立させることである。ウイルスは主に三叉神経節などの神経組織に潜伏感染し、感染猫の体内から完全に排除されることはありません。
ストレスや環境変化、免疫状態の変化などを契機にウイルスが再活性化すると、再びウイルスが増殖し、症状の再発やウイルス排泄につながることがあります。
したがって、FHV-1感染猫では、臨床症状が消失しても感染が完全に治癒したとは限らないことが留意点です。
再発性の結膜炎や鼻炎を繰り返す症例では、過去の感染による潜伏ウイルスの再活性化が関与している可能性もあります。ただし、再発性の鼻炎や結膜炎がすべてFHV-1によるものとは限らず、慢性鼻炎、他の感染症、異物、腫瘍なども鑑別する必要があります。
2-2. FCV:猫カリシウイルス
FCVはエンベロープを持たない一本鎖RNAウイルスで、遺伝的・抗原的多様性が高い事が特徴です。
主な臨床症状には、口内炎、舌や口腔粘膜の潰瘍、くしゃみ、鼻汁、発熱、流涎、食欲低下などが挙げられます。
特に尾側口内炎は重要初見で、FCV感染を疑う手掛かりとなります。また、一部の株では跛行や関節炎が認められ、まれに重篤な全身性病態を引き起こす高病原性全身性FCV感染症も報告されています。
FCVでは、FHV-1のような神経節における潜伏感染とは異なり、感染後も口腔咽頭領域、特に扁桃周囲などから長期間ウイルスを排泄する猫が存在します。
排泄期間には個体差があり、数週間から数か月続くことがあるほか、一部の猫では数年以上にわたって排泄が認められる事もあります。ただ、FCVの持続排泄は、必ずしも臨床症状が持続することを意味してはいません。無症状でウイルスを排泄する猫も存在します。また、FCVは株間の多様性が高いため、過去の感染による免疫が別の株への感染を完全に防御できるとは限らず、再感染も起こり得ます。
両ウイルスの症状の違いと重複
臨床的には、FHV-1は結膜炎、角膜炎、鼻炎などの眼・鼻の病変、FCVは口内炎、流涎、発熱、鼻炎などが特徴的です。
※ただし、これはあくまで傾向であり、厳密な区別ではありません。
| 臨床所見 | FHV-1:猫ヘルペスウイルス1型 | FCV:猫カリシウイルス |
|---|---|---|
| くしゃみ・鼻汁 | よくみられる | よくみられる |
| 結膜炎 | 典型的 | 起こり得る |
| 角膜潰瘍 | 重要な特徴 | 典型的ではない |
| 口内炎:舌・口腔粘膜の潰瘍 | 典型的ではない | 重要な特徴 |
| 流涎・口腔疼痛 | 典型的ではない | 比較的特徴的 |
| 持続感染の特徴 | 神経節への潜伏感染と再活性化 | 口腔咽頭領域などからの持続排泄 |
| 発熱 | 起こり得る | 起こりえる |
FCVでも結膜炎は起こり得るため、結膜炎だからといってFHV-1と断定することはできません。
さらに、Chlamydia felis や Mycoplasma 属菌なども結膜炎に関与するため、臨床像に応じて鑑別する必要がある。
2-3. その他の重要な病原体
| 病原体 | 主な臨床的特徴 | 臨床上のポイント |
|---|---|---|
| Chlamydia felis | 結膜炎、結膜浮腫 | 眼症状が強い症例で考慮 |
| Mycoplasma felis | 結膜炎、上部気道症状 | 健康猫からも検出され、PCR陽性だけでは原因と断定できない |
| Bordetella bronchiseptica | 鼻炎、咳、発熱など | 多頭飼育環境や子猫で考慮 |
| 細菌の二次感染 | 粘膿性鼻汁、症状の遷延・悪化 | ウイルス感染による粘膜障害に続発する場合がある |
Chlamydia felis(猫クラミジア) は細胞内寄生性のグラム陰性細菌で、猫では主に結膜炎を引き起こします。若齢猫や多頭飼育環境で問題になりやすく、初期には片側性の結膜炎として始まり、両側性に進行することがります。
結膜充血、結膜浮腫、眼脂、眼瞼痙攣などが典型的な所見です。鼻炎などの呼吸器症状を伴う場合もあるが、眼病変が臨床上の中心となることが多いとされています。
3. 猫上部気道感染症の診断
FHV-1、FCV、Chlamydia felis の診断には、臨床症状、病歴、身体検査所見に加え、必要に応じてスワブなどを用いたPCR検査などを利用します。ただし、PCR陽性は病原体の核酸が検出されたことを示すものであり、必ずしも現在の症状の原因だと断定することはできません。特にFHV-1では潜伏感染や間欠的な排泄、FCVでは無症候性の持続排泄があるため、検査結果を臨床像と合わせて解釈することが重要です。反対に、検体採取部位や採取時期によっては、PCR陰性でも感染を完全には否定できません。
また猫の上部気道感染症が重症化した際には、気管支炎や肺炎などの下部気道病変を併発することがあります。そのため、肺炎を疑う場合には、呼吸数・呼吸努力・酸素化の評価、胸部X線検査などによって下部気道病変を確認する必要があります。
気管支炎や肺炎などの下部気道病変の併発にも注意
ウイルス感染によって上皮細胞が障害されると、粘液線毛クリアランスや局所の防御機構が低下します。通常の気道では粘液が病原体や異物を捕捉し、線毛運動によって咽頭側へ排出します。
しかし、上皮障害や分泌物の貯留によってこの機能が低下すると下部気道に侵入した細菌を含む病原体が排除されにくくなり、気管支炎・細気管支炎が起こり、炎症が周囲の肺胞や肺実質に波及すると二次性の気管支肺炎に至ります。
4. FHV-1、FCV、C. felis の治療方針
4-1. FHV-1:抗ウイルス治療と支持療法
FHV-1感染症では、症状の程度と病変部位に応じて支持療法と抗ウイルス治療を組み合わせておこないます。
軽症例では、鼻汁の除去、加湿・ネブライザー、十分な水分と栄養の確保などを中心に管理します。一方、角膜炎、角膜潰瘍、強い結膜炎、重度の鼻炎などがある場合には抗ウイルス治療を積極的に検討します。
全身投与薬としてはファムシクロビルが代表的であり、猫のFHV-1感染症に対する有効性を支持する臨床研究があります。文献では90 mg/kgを12時間ごとに投与する方法などが報告されていますが、投与量や期間は病態・研究条件によって異なります。
※なお、国内では猫のFHV-1感染症に対する承認薬ではないため、適応外使用として症例ごとに判断して使用します。
眼病変にはイドクスウリジン(IDU「センジュ」)などの局所抗ウイルス薬が選択肢となります。
最近では2.5mlの少量サイズの製品もあるため、FHV-1の可能性を考慮する際には試験的投与を検討することもあります。また、二次性細菌感染が疑われる場合には抗菌薬点眼を併用することがあります。
なお、L-リジンはFHV-1感染症に対する有効性が一貫して示されておらず、ルーチンの治療として推奨する根拠は乏しいと思われるため、当院では使用していません。
4-2. FCV:支持療法を中心とする
FCV感染症では、一般的な急性上部気道感染症を確実に治癒させる特異的抗ウイルス薬は確立されていません。
そのため、治療の中心は支持療法であり、脱水、発熱、口腔疼痛、食欲低下などを適切に管理する必要があります。
特に口腔潰瘍による疼痛は、摂食量の低下や脱水につながるため、疼痛管理と栄養管理が重要です。鼻閉によって嗅覚が低下している場合には、鼻汁の除去やネブライザーも積極的に用います。
国内では、ネコインターフェロンω製剤であるインターキャットがFCV感染症の承認薬として使用されています。添付文書上の用法・用量は2.5~5 MU/kgを静脈内投与や皮下投与し、通常は隔日で計3回で使用されます。
ただし、承認されていることと、プラセボ対照試験で明確な臨床的有効性が示されていることは区別する必要があります。急性上部気道感染症の猫37頭を対象としたランダム化比較試験では、インターフェロン投与群と対照群の間で臨床症状の改善に有意差は認められませんでした。一方、FCVのウイルス量がより速く減少する可能性は示唆された。したがって、インターキャットは臨床上の選択肢となるものの、支持療法の代替ではなく、持続感染を確実に排除する治療とも位置づけられません。
猫カリシウイルス治療の新たな選択肢?|モルヌピラビルとEIDD-1931
猫カリシウイルス(FCV)に対する新たな治療候補として、FIP(猫伝染性腹膜炎)治療にも用いられることのあるモルヌピラビルとその活性代謝物EIDD-1931が注目されています。
これらはウイルスのRNA複製過程に作用し、ウイルスの増殖を抑制する可能性があると考えられています。近年、FCV感染猫への投与によってウイルス排泄の減少・停止が認められたとする報告もあり、今後の臨床応用が期待されています。一方、現時点での臨床報告は限られており、特にEIDD-1931については十分な検討が行われていません。また、ウイルス排泄の抑制が口内炎などの臨床症状の改善につながるかどうかも、今後の検証が必要です。猫における安全性についても不明な点が残されており、現段階では有効性が確立された治療法ではなく、今後の研究が待たれる薬剤と考えられます。
4-3. 二次性細菌感染に対する抗菌薬
FHV-1やFCVなどのウイルス感染後には、二次性細菌感染が起こることがあります。
抗菌薬は、全身状態の悪化、持続する発熱、細菌感染を示唆する所見、肺炎の併発などを踏まえて適応を判断します。呼吸器感染症のガイドラインでは、細菌感染が疑われる猫の上部気道疾患に対し、ドキシサイクリンやアモキシシリンなどが選択肢として挙げられています。薬剤選択は想定病原体、感染部位、症例の状態に応じて行い、不要な抗菌薬投与は避けることが勧められています。
4-4. ワクチン接種による予防
予防には、FHV-1およびFCVに対するコアワクチンの接種が重要です。ワクチン接種によって感染やウイルスの排泄を完全に防ぐことはできませんが、発症や重症化のリスクを軽減する効果が期待されます。
特に、過去に上部気道感染症(猫風邪)に罹患したことがある猫、多頭飼育環境で生活している猫、屋外に出る機会のある猫では、感染リスクを考慮し、適切なワクチン接種が推奨されます。
まとめ
猫の上部気道感染症は、FHV-1、FCV、C. felis など複数の病原体が関与する症候群であり、病原体によって病態と治療方針が異なります。
- FHV-1: 鼻炎・結膜炎・角膜炎が中心。神経節への潜伏感染と再活性化が特徴で、重症例や眼病変ではファムシクロビルなどの抗ウイルス治療を検討する。
- FCV: 鼻炎、発熱、口腔潰瘍、流涎などが特徴。口腔咽頭領域から長期間ウイルスを排泄する猫が存在し、治療の中心は支持療法。インターキャットは国内承認薬の選択肢だが、効果の評価にはエビデンスの限界も踏まえる。
- C. felis: 結膜炎が中心。全身性ドキシサイクリンを十分な期間投与することが基本で、点眼薬だけでは感染排除が不十分となり得る。
- 気管支肺炎: ウイルスによる気道防御機構の障害、細菌の侵入・増殖、微小誤嚥、ウイルス自体の下部気道病変などが関与する。上部気道症状だけで判断せず、呼吸状態や画像所見を評価する。
最も重要なのは、症状から病原体を推定するだけでなく、病原体の特性、持続感染の有無、病変部位、宿主の状態を統合して診断・治療することです。猫風邪は軽症で自然改善する症例も多い一方、若齢猫や全身状態の悪い猫では脱水・栄養不良・眼病変・肺炎へ進行する可能性があるため、重症度に応じた早期介入が重要です。
関連記事
感染予防が何より大切!|猫白血病ウイルス(FeLV)の感染・病態機序・診断について
LINE友だち追加で診察予約、病院の最新情報はinstagramからチェックできます!!


辻堂・茅ヶ崎市エリアで病気の予防関連でお困りの方は湘南ルアナ動物病院(湘南Ruana動物病院)までお気軽にご相談ください。
