犬のリンパ腫治療における抗がん剤とその副作用について

犬のリンパ腫は、犬における一般的ながんのひとつであり、治療には抗がん剤がよく使われます。リンパ腫は免疫系の細胞であるリンパ球が異常に増殖する病気で、早期発見と適切な治療が重要です。抗がん剤治療は、リンパ腫の治療において非常に効果的な手段ですが、副作用についても十分な理解が必要です。この記事では抗がん剤の副作用とその対策について解説していきます。
抗がん剤とは?
抗がん剤は、がん細胞の増殖を抑えるために使われる薬です。がんは、細胞が異常に増えすぎて体の中で腫瘍を作る病気ですが、抗がん剤はその異常な細胞の働きを止めたり、壊したりして、がんの進行を防ぐ役割を果たします。リンパ腫や白血病のような腫瘍塊を作らず分裂速度の高い「がん」においては、抗がん剤治療が非常に効果的な手段になります。
抗がん剤の副作用の強さ
メディアなどの影響もあり、「抗がん剤」と聞くと副作用でとても辛い印象を受けるかと思われます。ひどい吐き気や脱毛といった…確かに人間のがん治療は、特に白血病やリンパ腫などの場合、根治を目指して非常に強力な治療を行うことがあります。人間のがん治療では骨髄移植や強い化学療法を駆使して、がんを完全に治癒させることを目指します。
一方で動物医療では、人間のように骨髄バンクが利用できる環境が整っておらず、より強力な治療を行うことはありません。あくまでも犬や猫のがん治療は「生活の質を維持する」ことを最優先に考えます。がん剤治療を行うことで、痛みを和らげたり、症状の進行を遅らせたりすることが目的です。長期間がんの進行を抑えられれば、それだけ元気でいられる期間が長くなります。家族の一員として飼っている以上、ご家族と一緒に普段どおり過ごせてこそ、治療の意味があると考えられるからです。なので副作用も、人の治療で見られるひどい吐き気や脱毛といったものは、動物ではあまりみられません。抗がん剤治療は犬猫の体調に配慮し、できる限り副作用管理が軽度で済むように多方面からサポートしながら治療を行います。
抗がん剤治療における3つの副作用
正常細胞は秩序を保ちながら必要に応じて細胞分裂するのに対し、リンパ腫を含むがん細胞は無秩序に独立的して過剰に細胞分裂します。抗がん剤の多くはがん細胞にを認識してピンポイントに効く訳ではなく、この「細胞分裂」をターゲットに効果を発揮します。つまり、分裂しているかどうかで悪性のがん細胞と正常細胞を区別しています。
体の中の細胞のほとんどは分裂していない細胞たちですが、正常細胞の中でも特に「骨髄」「腸粘膜」「毛根」は細胞分裂頻度が高いため、抗がん剤治療を行なった場合、これらの細胞にも殺細胞効果が働いてしまいます。そのため、抗がん剤後に「骨髄抑制(外敵と戦う白血球の減少)」「下痢や嘔吐や食欲不振といった消化器毒性(腸粘膜が剥がれる)」「脱毛」といった副作用が見られる事があります。しかしながら、動物の抗がん剤治療においては、「生活の質を維持する事」が重要視されるため、一般に副作用はそれほど強くはありません。一番多くみられる副作用は、「食欲の低下」や「吐き気・嘔吐・下痢」といった消化器毒性と、「白血球減少」「血小板減少」といった骨髄抑制です。人の抗がん剤治療とは異なり、脱毛は一部の例外をのぞいてほとんど気付かない程度にしか起こりません。
副作用が発症するタイミング
多くの抗がん剤には共通した副作用のパターンがあります。
投与直後〜2日:食欲低下・嘔吐・悪心(吐き気)
抗がん剤により回腸の腸クロム親和細胞からセロトニンが分泌され、これが上部消化管のセロトニン受容体を介し急性の吐き気が催されます。また、抗がん剤そのものが脳のCTZと呼ばれる受容体に直接または間接的に作用し、吐き気が催されます。
軽い症状も含めると、およそ20%程度で吐き気症状が出ます。種類にもよりますが、例えばドキソルビシンのような抗がん剤の場合は特に吐き気は起こりやすい事がわかっています。そのため、このような薬剤を投与する際は、十分な輸液と強力な制吐剤などを事前に投与し、副作用が出ないように準備します。万が一副作用が強く出た場合でも、抗がん剤を中止する必要はなく、次に同じ抗がん剤を投与する際に、用量を調節して同じ副作用が出ないようにします。
投与3〜5日:下痢
腸粘膜の腸陰窩細胞は活発に細胞分裂し、腸粘膜を形成しています。腸陰窩で分裂した細胞は絨毛先端までベルトコンベア状に押し出されて形成されるのですが、このサイクルがおよそ3〜5日と言われています。そのため、抗がん剤で障害を受けた腸陰窩細胞が実際に絨毛先端に影響を及ぼすのが抗がん剤投与3〜5日後になります。吐き気症状と同様に万が一副作用が強く出た場合にも、次に同じ抗がん剤を投与する際に用量を調節して同じ副作用が出ないようにします。また、抗がん剤の副作用が強く出るリスクがあるのは、初回と2回目くらいまでです。初回は身体がビックリしてしまうのですが、2回目以降は身体が順応するケースが多く、およそ80%の子は副作用がほとんど見られなくなります(もちろん用量調整や、副作用が出ないような補助薬などの工夫はおこないます)。
投与3〜7日:骨髄抑制
抗がん剤は、主に骨髄で新しく血液細胞を生成する過程に影響を与えます。抗がん剤が最も強く作用するのは、急速に分裂している細胞(がん細胞)ですが、骨髄内の造血細胞も分裂頻度が高いためにこの影響を受けます。その結果、抗がん剤は骨髄内で白血球を作る機能を抑制し、新しい白血球(好中球を含む)の生成が遅延されます。抗がん剤が投与された時から骨髄内での抑制が起こりますが、実際に症状として現れやすいピークを迎える(血液中の白血球が減少する)のは投与してから約1週間後となります。
好中球は血液中では8時間ほどの寿命と言われていますが、実際に骨髄抑制のピークを迎えるのは投薬してから約1週間後です。このタイムラグが発生するのは、白血球が骨髄で生成されてから実際に血中に放出されるまでに時間がかかるためです。

上図は抗がん剤投与後に一般的に認められやすい副作用をまとめたものです。注意すべき点は、骨髄抑制と下痢が重なって生じる可能性があるという事です。腸の粘膜バリアが壊れると、腸内細菌が体内へ侵入する恐れがあります。普段の免疫状態ではれば十分対応する事ができるても、骨髄抑制が生じている状態では細菌と戦う白血球が減少しているため、敗血症(血管内に侵入した菌や毒素が原因で全身性の炎症反応が生じる状態)のリスクが上がってしまいます。
副作用のリスクを下げるためには…
動物の抗がん剤治療においては、「生活の質を維持する事」が重要視されるため、一般に副作用はそれほど強くはありません。しかしながら、多かれ少なかれ細胞分裂が盛んな正常細胞にも影響が出てしまうため、副作用のリスクは伴います。
副作用のリスクを下げる上で大切な事は以下の4点です。
- 飼い主様も、どのような副作用がどのタイミングで出やすいか予め知っておいて心構えしておく事
- 副作用が出ないよう前処置や補助薬の併用
- 副作用が出たとしても、すぐに対応できるよう常備薬の準備
- 自宅での愛犬・愛猫の様子を毎日観察する事
この中でも特に大切なのは、自宅での愛犬・愛猫の様子を毎日観察する事です。具体的には活動性・食欲・飲水量を10点満点で毎日評価をする。決められた時間の朝と夜に体温(直腸温)測定を行う。排便の回数と便の状態、排尿の回数と尿の色を日々記録する事です。
特に体温測定は大切です。病院での測定とご自宅での測定では±0.5℃程度差が生じます。例えば、平熱とされる38.5℃の直腸温も、自宅測定で平熱が37℃台の子にとっては高体温と判断されます。特に、骨髄抑制がかかる時期にこのような高体温となった場合、発熱性好中球減少症(敗血症の前ぶれの状態)の可能性も考えられ、早急に担当医への相談が必要となります。
まとめ
抗がん剤はがん細胞にだけ作用するわけではなく、分裂しているかどうかで悪性のがん細胞と正常細胞を区別します。そのため、分裂が盛んな正常細胞(骨髄や腸粘膜など)には抗がん剤が作用しやすく、それに伴う副作用も懸念されます。一方で動物の抗がん剤治療においては、「生活の質を維持する事」が重要視されるため、薬剤強度が人間の抗がん剤治療ほど高くはないため、一般に副作用はそれほど強くはありません。それには副作用を起こさないようにする治療工夫や、飼い主様も薬の事をちゃんと理解する事、そして何よりも自宅での愛犬・愛猫の様子を毎日観察する事が大切です。
茅ヶ崎市・藤沢市エリアで愛犬・愛猫のがん治療にお困りの方は湘南ルアナ動物病院(湘南Ruana動物病院)までお問い合わせください。
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