実は診断が難しい!?犬の急性膵炎の症状と診断について

急性膵炎は、膵臓の炎症が急激に進行する病気です。膵臓が自らを消化してしまう「自己消化」が主な原因で、膵臓の機能が低下し、場合によっては生命に関わることもあります。犬においては、特に発症が急激であるため、早期の発見と治療が非常に重要です。一方で、急性膵炎は軽度〜重度なものまで様々で、検査結果も画一的なものがないため、診断が非常に難しい疾患です。この記事では急性膵炎の症状と診断を、その判断の難しい要因についても含めて解説します。

急性膵炎とは?

膵臓は消化酵素を生成し、消化管に排出する事でこれが活性化され、食物の消化に重要な役割を果たします。しかしこの消化酵素が「膵臓内で活性化」されてしまうと、「自己消化=消化酵素が膵臓・周囲組織をを溶かす」を引き起こし、炎症が発生します。これが膵炎です。
原因については不明な点が多い疾患ですが、高脂血症膵臓への血液供給不足が引き金となる可能性が考えられています。
膵炎には急性膵炎と慢性膵炎の2つのタイプがあります。急性膵炎は突然発症し、激しい腹痛や嘔吐、下痢、食欲不振などの消化器症状を引き起こします。症状は軽症~重症と様々ですが、重篤な場合は全身性に炎症反応が波及し、ショック・DIC・多臓器不全を引き起こし、死に至らしめてしまう可能性もあります。

急性膵炎の症状

急性膵炎の症状は多岐にわたりますが、以下が代表的なものです。

  • 食欲不振:犬が食べることに興味を示さなくなることがよくあります。
  • 嘔吐:膵臓が炎症を起こすと、消化管の鬱滞や痛みから嘔吐を引き起こします。
  • 腹痛:腹部に痛みが生じるため、犬が不安定な姿勢を取ったり、腹部に触れると痛がったりすることがあります。
  • 下痢:大腸へ炎症が波及する事で下痢になることがあります。
  • 元気の喪失:活動量が減少し、犬が寝てばかりいるようになることがあります。

これらの症状は非常に一般的で、他の消化器系の問題(胃腸炎や腸閉塞など)とも共通しています。したがって、症状だけで急性膵炎と診断するのは非常に難しいです。

祈りのポーズは膵炎のサイン?

「犬の祈りのポーズ」とは、犬が前足を伸ばし、お尻を上げた姿勢を取る動作のことを指します。「膵炎によるお腹の痛みを和らげるためにこのポーズを取る!」といった話は有名です。しかし犬がこのポーズを取ること自体は、健康的な遊びや柔軟の一環である事がほとんんどです。自身の経験上、膵炎と診断した症例で祈りのポーズが見られた事はありません。よって、「祈りのポーズ=膵炎かも!」と判断するのは少し過剰かもしれません。それよりも消化器症状が少なくとも2つ以上存在する場合は膵炎を懸念すべきかと思われます。

急性膵炎の診断:難しさと重要性

急性膵炎の診断は簡単ではありません。症状が他の消化器系の疾患と重なるため、膵炎を疑うだけでは不十分です。以下の方法で診断を行いますが、いずれも完璧ではありません。

血液検査

アミラーゼリパーゼの血中濃度が上昇することがありますが、これらの値が必ずしも膵炎に特異的でないため、他の疾患と区別する事がまず不可能です。近年ではvLIP検査が院内でも可能となりました。このvLIPは後述する犬膵特異的リパーゼ(Spec cPL)と相関するというデータがありますが、これも必ずしも膵炎で特異的に上昇する訳ではありません。胃腸炎や腹膜炎などでも上昇する事があります。筆者は異物による軽度の閉塞でも上昇が認められた経験があります。

CRPの上昇は急性膵炎で認められやすい項目です。しかしCRPは他の炎症性疾患でも上昇することや、上昇程度に定義がないため(どれくらい上昇してたら膵炎っぽい?)、CRPが上昇しているからと言って必ずしも膵炎とは当然言い切れません。

膵臓特異的検査

cPL(Canine Pancreatic Lipase)検査fPL(feline Pancreatic Lipase)検査などがより精度の高い検査方法です。これは膵炎に対して感度・特異度ともに高い検査ですが、この検査でも偽陽性や偽陰性が出ることがあります。また、外注検査に依頼する事になるため、結果が出るまで数日必要となる事がデメリットです。

腹部超音波

超音波検査技術の熟練度に依存します。典型的な急性膵炎では、膵臓の腫大低〜混合エコー辺縁の不整などが認められ、これら3つに異常がある場合の特異度は高いです(特異度92%、感度43%)。その他、十二指腸のコルゲートサインや腸壁の局所的な肥厚上腹部の脂肪織炎(高エコー化)腹水の貯留総胆管の拡張なども認められる事があります。超音波検査で厄介なところが、画像上の変化が認められるまでが、発症してからの時差が生じる(1-2日後に画像変化が現れる)場合があることです。また、例えば、総胆管の拡張+脂肪織炎が見られた際に、それが急性膵炎によるものなのか・胆嚢炎/胆嚢破裂によるものなのか、判断が難しいケースも存在します。これらは獣医師の画像技術の熟練度と経験に依存します。これも膵炎の診断を難しくさせる要因となります。

X線検査

膵臓の腫大による十二指腸の変位や腹膜炎による漿膜ディテールの低下など認められる事がありますが、膵炎の診断には限定的な役割しか持ちません。

造影CT検査

造影CT検査も膵炎の診断にある程度有効ですが、膵臓に着目した場合は超音波検査の方が有用です。しかし、膵炎に伴う全身状態の影響(腹膜炎の波及領域や血栓の有無など)を把握する上では造影CT検査の方が超音波検査より優秀です。しかし、全身麻酔が必要な事、費用が高価である事、設置している施設に制限があることなどがデメリットとなります。

診断が難しい理由

急性膵炎の診断は、症状が他の病気と重なることが多いため、非常に難しいです。犬は痛みを隠すことが得意であり、症状が見逃されることもあります。また、膵臓の状態は超音波や血液検査だけでは完全に把握することができず、最終的には総合的な判断が重要となります。

診断する上でのポイント

症状:消化器症状や疼痛兆候など少なくとも2つ以上認められる

血液検査:CRPの上昇vLIPの上昇、その他の疾患を除外

超音波検査:典型的な膵炎の所見のうち2項目以上を満たす。その他の疾患を除外

ベッドサイトで決着をつける上で筆者は上記内容を意識して診療にあたっております。膵炎の臨床的診断する上では、1つの検査項目に固執することではなく、総合的に膵炎と判断できるかどうかが大切です。そこは個々の獣医師の経験と熟練度に依存するかと思われます。

まとめ

急性膵炎は、犬にとって非常に危険な病気ですが、その診断は決して簡単ではありません。症状が非常に一般的で、軽症〜重症まであること、他の消化器疾患などと症状が重なるため、総合的な判断が必要になります。決して「vLIPが高いから膵炎です」とは言い切れないのです。大切な事は、1つの検査項目に固執することなく、これまでの経過や現在の症状、複数のスクリーニング検査を総合的に判断して、膵炎かどうかを「臨床的」に診断する事です。いずれにせよ、急性膵炎の早期発見には、飼い主さんが犬の健康状態をよく観察し、異常があればすぐに獣医師に相談することが大切です。茅ヶ崎市・藤沢市エリアで消化器症状でお悩みの方は湘南ルアナ動物病院(湘南Ruana動物病院)までお問い合わせください。

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