犬の慢性肝炎の治療について

慢性肝炎は犬において広く見られる肝臓疾患であり、早期発見と適切な治療が予後に大きな影響を与えます。このコラムでは、ACVIM(American College of Veterinary Internal Medicine)コンセンサスに基づき、犬の慢性肝炎の治療・予後について解説します。

慢性肝炎とは?

慢性肝炎(Chronic hepatitis; CH)は、肝臓の炎症が長期間にわたって続く疾患で、肝臓の機能や構造にダメージを与える可能性があります。肝炎が慢性化すると、肝臓に繊維化(瘢痕組織の形成)が進み、最終的には肝硬変や肝不全に繋がることがあります。慢性肝炎はさまざまな原因で引き起こされる可能性があり、その治療には原因の特定と適切な管理が必要です。慢性肝炎における重要な組織学的特徴はリンパ球性、形質細胞性もしくは肉芽腫性炎症(門脈、多病巣、帯状、または汎小葉性)の存在や、炎症性変化に伴って認められる肝細胞の細胞死や様々な程度の線維化、肝細胞再生です。

慢性肝炎の原因は特発性(原因不明)感染性(レプトスピラ症など)銅蓄積性免疫介在性代謝性(稀)が挙げられます。

慢性肝炎の治療

犬の慢性肝炎の治療は「原因物質を標的とする治療」をベースに「肝機能を保護する治療」を組み合わせる事で行います。残念ながら、犬の慢性肝炎は特発性であるケースが多く、徹底的な臨床検査を実施しても最もらしい病因が明らかにならなかった場合は「肝機能を保護する治療」が適応となることがあります。

用量作用機序副作用
S-アデノシルメチオニン(SAMe)20mg/kg/sid肝臓グルタチオン合成が増加

リン脂質とDNAのメチル化が増加し、膜の安定性が促進され、炎症性サイトカインの生成が抑制

肝臓保護ポリアミンが増加
ビタミンE1日1回10 IU/kgを経口投与
犬1匹あたり400 IUを超えないように
脂質過酸化から保護
抗線維化・抗炎症
過剰摂取:ビタミンKの活性を損なう。
ウルソデオキシコール酸1日1-2回15mg/kg抗酸化作用・利胆作用
免疫調節作用・抗炎症作用
シリマリン用量はほぼ未定義:
4-8 mg/kg/日を2-3回に分割
抗酸化作用・抗炎症作用
抗線維化作用・利胆作用

[肝機能を保護する治療で用いられる薬剤]

銅関連慢性肝炎

肝臓中の銅が過剰になると、酸化膜損傷のリスクが高まり、有害なヒドロキシラジカルとスーパーオキシドラジカルが生成されます。

銅蓄積性肝炎の治療は、生涯にわたる食事中の銅制限肝臓からの銅除去が「原因物質を標的とする治療」に該当します。

用量作用機序副作用
銅制限食銅:0.09‐0.12mg/100kcal
Dペニシラミン10-15mg/kg/bid
食前30分もしくは食後2時間
銅をキレート化し尿中に排出亜鉛との併用は禁忌
嘔吐・皮膚炎・時折蛋白尿・空胞性肝障害を誘発
トリエンチン10-30mg/kg/bid銅をキレート化使用が限定的
亜鉛8-10mg/kg/日腸管の銅吸収を阻害嘔吐

[銅蓄積性肝炎の治療で用いられる薬剤]

食事療法

銅濃度が600ug/g dwを超える犬には、銅を0.12mg/100kcal未満に抑える銅制限食が推奨されます。国内販売ではロイヤルカナンの肝臓サポートやヒルズのl/dが挙げられます。現在入手可能な銅制限食のほとんどはタンパク質が中程度に制限されていますが、慢性肝炎を患うほとんどの犬はタンパク質制限を必要としていません。そのため、これら療法食にタンパク質補給が推奨されます。

水に含まれる銅にも注意を!

水中の銅濃度は0.1ug/g未満にする必要があります。水道水を利用する場合は、5分間ほど蛇口を開けて銅を除去するようにしましょう。


銅キレート剤

D-ペニシラミン(D-Pen)は、銅キレート剤として一般的に用いられます。この薬剤は肝臓の銅と結合し、その後尿中に排泄されます。D-ペニシラミンは肝細胞と腸管上皮細胞のメタロチオネイン(金属と結合する蛋白)を増加させ、軽度の抗炎症作用と抗繊維化作用を発揮します。

D-ペニシラミンと食事中の銅制限を組み合わせると、肝臓の銅濃度が1500 μg/g dw までではおよそ6 か月以内に 正常化します。肝臓の銅濃度が 2000~3000 μg/kg dw の場合はおよそ 9 か月以内に正常化します。D-ペニシラミン を銅制限食と一緒に投与しないと、キレート化が失敗したり、より長い時間がかかることがあります。また、D--ペニシラミンを投与する際は、食前30分もしくは食後2時間は空ける事が推奨されます。

治療効果は、肝臓の銅濃度を繰り返し定量化(生検)することで判断されますが、代替指標としては血清ALT値を用います。血清 ALT 活性は、残存する軽度の銅蓄積とそれに伴う肝臓障害を判断する感度がないため、 ALT 活性が正常に戻った後 1月間の治療が推奨されます。

D-ペニシラミンの副作用のほとんどが嘔吐や食欲不振などの胃腸に関するものです。この対策として①D-ペニシラミンの用量は徐々に増やす、②少量のフードと一緒に投与する、③制吐剤を併用するなどの方法があります。その他の副作用はごく稀で、タンパク尿や皮膚の発疹が認められる場合があります。D-ペニシラミンは、ALP 活性と軽度から中等度の空胞性肝疾患を引き起こす可能性がありますが、薬剤の投与を中止すると解消します。亜鉛の併用は、互いの利点を打ち消すため厳禁です。キレート療法中は、銅が酸化障害を引き起こすため、SAMeやビタミンEなどの抗酸化療法の併用が推奨されます。

亜鉛

亜鉛は、メタロチオネイン誘導を介して、腸管より銅の吸収を阻害します。しかし、亜鉛の投与は肝臓の銅濃度をゆっくりと低下させるため、急性期での介入には向きません。銅キレート剤での治療が奏功し、維持療法を継続する際に切り替えを検討します。亜鉛も空腹時の投与が推奨されます。国内販売の亜鉛製剤は処方薬で酢酸亜鉛(ノベルジン錠)が入手可能です。

銅蓄積性肝炎の中には、重度のリンパ球性肝炎が同時に発症しているケースもあります。その場合には免疫介在性肝炎と同様の免疫抑制剤による治療も必要です。これは、肝臓の銅を低下させる適切な治療を行なったにもかかわらずALT活性が正常化しない場合、または繰り返しの肝生検を行なった結果、銅濃度が正常に戻ったが炎症が持続する場合に適応になります。

免疫介在性肝炎

免疫性肝炎の診断を確定するには、免疫抑制治療に対する反応を評価する必要があります。犬における慢性肝炎に対するプレドニゾロン、アザチオプリン、シクロスポリン、ミコフェノール酸を単独または併用治療プロトコルで使用して成功を収めている報告がいくつかあります。これらの報告では、一部の慢性肝炎で改善が見られ、免疫調節または抗炎症作用が功を奏したと推測されています。ただし、これらの研究は様々な犬種で行われ、他の同時治療もあったり、免疫抑制剤の用量も様々であったりと、標準化されたものではありません。よって現時点では、「標準治療」として推奨できる最適な免疫抑制プロトコルはありません。

用量注記副作用
プレドニゾロン2mg/kg/dayから開始
1日おきに0.5mg/kgまで漸減
腹水が認められる場合にはデキサメサゾンなどミネラルコルチコイドのない薬剤へ肝酵素(特にALPとGGT)の上昇・ステロイド性肝障害・多飲多尿・血栓傾向・筋量低下・ナトリウム貯留
アザチオプリン2mg/kg/sid×14日
その後は1日おき
骨髄毒性・肝毒性(稀)
シクロスポリン5mg/kg/bid→sidに漸減修正シクロスポリンのみ吐き気・嘔吐・歯肉増殖症
ミコフェノール酸10-15mg/kg/bid遅発性下痢

合併症に対する治療

犬の慢性肝炎に伴う合併症は門脈高血圧症、腹水貯留、肝性脳症、血栓症、消化管潰瘍、感染症などがあります。

門脈高血圧症

犬の門脈高血圧症を治療する薬剤は知られていないため、主に門脈高血圧を悪化させる要因(例えば、循環血液量の上昇やナトリウム負荷)と門脈高血圧症により引き起こされる症状(例:腹水貯留、肝性脳症、消化管潰瘍)を軽減させる事を目的とした補助療法が必要です。

腹水貯留

慢性肝炎または肝硬変に伴う腹水貯留の多くは門脈高血圧に起因します。通常、漏出液〜変性漏出液の腹水が認められます。この場合の腹水の治療は、①ナトリウム負荷の回避、②利尿薬の使用、③腹腔穿刺による物理的な抜去になります。使用される利尿薬はアルドステロン拮抗薬のスピロノラクトンです。スピロノラクトンはゆっくりと体液を移動させるので効果が出るまで時間がかかります。そのため、低用量のフロセミドを追加する場合もあります。利尿薬の用量は患者の状態を注意深くモニタリングしながら調節する必要があります。腹腔穿刺は、緊張した腹水によって不快感や頻呼吸を引き起こす場合や血液循環を制限していると思われる場合に断続的に実施します。

肝性脳症

肝性脳症の診断は神経学的兆候(無気力、運動失調、行動の変化、意識レベルの低下、失明、旋回、振戦、痙攣など)の存在に基づいて行われます。高アンモニア血症は肝性脳症の診断に役立ちますが、血中アンモニア濃度が正常であっても肝性脳症の存在を否定することはできません(検査できないアンモニア以外の毒性物質が脳へ作用している可能性があるから)。また、肝性脳症が炎症誘発、酸化誘発、凝固亢進状態を誘発することを裏付けるエビデンスがあります。肝性脳症の治療は、腸内のアンモニア産生と吸収を抑える工夫(タンパク質制限:大豆タンパク質ベース)や薬物療法(ラクツロース、抗生剤:メトロニタゾール・リファキシミン)が中心となります。

予後

慢性肝炎の犬の平均生存期間は 561±268 日(n = 364)でした。生検により肝硬変と診断された犬では、生存期間が短く、23±23 日(n = 39)でした。肝硬変の疑いのある腹水を伴う犬の生存期間は 22.5±15 日(n = 60)でした。予後不良因子としては高ビリルビン血症、PT およびaPTT の延長、低アルブミン血症が挙げられていました。

まとめ

犬の慢性肝炎の治療は「原因物質を標的とする治療」をベースに「肝機能を保護する治療」を組み合わせる事で行います。原因物質を標的とする治療を行うには確定的な診断が必要で、慢性肝炎の場合、それは病理組織学的検査を行うための組織生検になります。肝臓は沈黙の臓器と呼ばれるように、初期段階では症状があらわれにくいという特徴があります。早期発見を見逃さないために、愛犬の定期的な健康診断を行い、慢性肝炎の兆候を見逃さないようにしましょう。
茅ヶ崎市・藤沢市エリアで長期にわたる肝障害でお困りの方は湘南ルアナ動物病院(湘南Ruana動物病院)までお問い合わせください。