猫の動脈血栓塞栓症について|病態と診断

猫の動脈血栓塞栓症(Arterial Thromboembolism:ATE)とは、「血栓」と呼ばれる血の塊が動脈に詰まることで、血流が遮断される病気です。特に後ろ足に向かう大動脈(大腿動脈分岐部)に詰まるケースが多く、突然の後ろ足の麻痺・激痛を引き起こします。本記事では猫の動脈血栓塞栓症の病態と治療について詳しく解説します。
主な原因は心疾患
この病気は、心筋症(とくに肥大型心筋症)を持つ猫でよく見られます。心臓の中に血液の渦や滞りができることで、血栓が形成されやすくなります。それが心臓から全身へ送り出されるときに、大動脈の枝分かれ部分などで詰まりやすくなるのです。その他の原因としては甲状腺機能亢進症、腫瘍随伴症候群(特に肺腺癌)で認められますが、原因特定に至らない特発性のものも数多く見られます。
血栓ができる3つの要因
動脈血栓塞栓症(ATE)は肥大型心筋症の猫において注意すべき合併症です。この血栓形成の背景には「Virchow(ウィルヒョウ)の3徴」と呼ばれる3要素が関与しています。

肥大型心筋症(HCM)をベースにこれを外挿すると、心室の拡張不全により左心房が拡大し、左心房内膜のダメージが生じます。これにより心内膜下のコラーゲンが露出し、内因性凝固活性と血小板凝集が生じやすくなります[血管内皮の異常]。
HCMで拡張した左心房内では血液が滞りやすくなる事で血液成分の変化が起こります[血液成分の異常]。
血餅が心臓から全身へ送り出され、大動脈内につまりかけると、狭くなっている血管内を「内壁をこすっていく力(ずり応力)」が強くなり、より一層内因性凝固活性が生じます[血流の異常]。
これら3つの要素が相まって動脈血栓塞栓症(ATE)は発症します。
ATEで発生するのは動脈血栓と静脈血栓の両方
血栓には動脈血栓と静脈血栓の2種類存在します。
動脈血栓は「早い血流」により、血小板が血管壁に対する「内壁を擦っていく力(=ずり応力)」が強くなる事で血小板活性化が生じ、血小板の含有量の多い血栓として形成されます。血小板の多い血栓は見た目から「白色血栓」と呼ばれます。
静脈血栓は「遅い血流」で生じます。血流が遅いと、凝固因子が活性化されやすいためです。このタイプの血栓はフィブリン(凝固活性化の最終産物)の含有量の多い血栓が形成されます。赤血球も巻き込まれるため「赤色血栓」と呼ばれます。

肥大型心筋症に伴う動脈血栓塞栓症(ATE)は、この動脈血栓と静脈血栓の両方が形成されるため、それぞれに対する治療を考慮する必要があります。
動脈血栓塞栓症の症状と診断
猫の動脈血栓塞栓症(ATE)について以下の事が言われています:
- 閉塞部位は両側後肢(71%)、片側後肢(12%)、片側前肢(11%:特に右前肢)、両側後肢+片側前肢(2.4%)
- 剖検例では脳・腎臓・腸間膜動脈にも認められている。
- オス(♂) >> メス(♀)
- ATEは肥大型心筋症の猫の13〜17%に続発する(剖検例では41%)
- 肥大型心筋症以外の心筋症でも発症する。
- 治療症例における予後は①24時間生存率70%②1週間生存率44%③生存期間中央:11.5ヶ月④ATEのみ:4ヶ月、ATE+肺水腫:2.5ヶ月など報告によりまちまちである。
- 再発率は46.7%(再発までの期間中央値:118日)
猫の動脈血栓塞栓症(ATE)の症状
猫の動脈血栓塞栓症(ATE)の症状は閉塞に伴う激しく鋭い疼痛と、血流遮断に伴う虚血性神経障害によって引き起こされます。
典型例は「ギャン!と鳴いた後から足(後肢)を引きずる」といった症状が見られます。
その他には
- 嘔吐
- 触ろうとすると怒る
- 流涎(涎)
- 開口呼吸
のような激しい痛みによって起こる症状や、肺水腫を伴っている症例の場合は
- 頻呼吸・腹式呼吸
- 口から赤い液体が出る(喀血)
- 虚脱して動かない
といった症状も見られることがあります。
猫の動脈血栓塞栓症の診断
身体検査:ATEの5P
典型的な猫の動脈血栓塞栓症においては通称「ATEの5P」と呼ばれる兆候が認められると言われています。
- 疼痛(Pain)
- 蒼白(Pallor)
- 脈拍喪失(Pulselessnes)
- 感覚異常(Parethesia)
- 運動麻痺(Paralysis)
実際の臨床現場でATEを疑う身体所見は「不全麻痺・完全麻痺+脈圧の弱さ」が典型的で、その他として肢端の冷感・パットの色調の変化・疼痛・直腸温の低下などが認められます。
直腸温の低下は予後不良因子に含まれており、37.2℃以下の場合は生存率50%未満という報告もあります。

パットの色調は上図のように、急性期では思ったほど激しい変化が見られない印象があります。
血液検査
罹患肢と正常部位での血液性状を比較します。罹患肢では血栓による末梢組織の低酸素症により、細胞が嫌気解糖・アシデミア状態となります。さらに進行すると細胞壊死・細胞崩壊となるため、乳酸値の上昇(嫌気解糖)・血糖値の低下(エネルギーの消費)・カリウムの上昇(アシデミアの代償)・リンの上昇(細胞融解産物)が認められます。

罹患肢と正常部位での血液値の差は以下の通りです。
- ΔGluのカットオフ値:30mg/dl(SE:100%、SP:90%)
- ΔLacのカットオフ値:4.9mmol/l(SE:100%、SP:100%)
※カリウム値は末梢・正常血管ともに上昇傾向になりますが、正常範囲または優位差がないことが多いです。
超音波検査
外側腸骨動脈分岐部領域において等〜混合エコー原性の血栓を検出できることがあります。カラードプラを乗せると血流の遮断が認められることもありますが、超音波検査で血栓の存在が明らかではなくとも、血栓塞栓症を除外する事はできません。
まとめ
猫の動脈血栓塞栓症は心筋症を持つ猫に比較的多く見られる救急疾患です。後肢に形成されやすく、典型的な症例では「鋭く激しい痛み」と「神経麻痺」が同時に認められます。診断する上では、身体検査が重要で、ATEが疑われる症例では罹患肢と正常部位との血液性状の違いを見る事がポイントです。
突然の歩行異常や痛みが見られた際は、早急に動物病院へ受診しましょう。
次回は、猫の動脈血栓塞栓症の治療について解説します。
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