糖尿病性ケトアシドーシス(DKA)を読み解く|病態から治療戦略まで

はじめに
糖尿病性ケトアシドーシス(DKA)は、犬猫の糖尿病における急性代謝性合併症のひとつであり、放置すれば高率に致死的となる緊急疾患です。
一方で、適切なアプローチと早期介入により救命・回復が十分可能な病態でもあります。
本稿では、糖尿病の病態を踏まえつつ、DKAの発症機序、臨床所見、治療の原則について整理します。
糖尿病とは?
糖尿病は、犬や猫でも比較的よく見られる内分泌疾患で、「インスリン」というホルモンの分泌不足や作用低下により、血糖値が慢性的に高くなる状態を指します。

糖は細胞の主要なエネルギー源ですが、その細胞内への取り込みにはインスリンが必要です。糖尿病では、インスリンが分泌されない(1型糖尿病)あるいはインスリンがうまく作用しない(2型糖尿病)ことにより、糖が細胞内に取り込めず、細胞はエネルギー不足(飢餓状態)に陥ります。

また、血管内に糖が蓄積すること自体も問題です。血糖値が高くなると血液の浸透圧が上昇します。毛細血管の壁は半透膜であり、水分は濃度の低い側(低浸透圧)から高い側へ移動する性質があるため、高血糖状態では水分が細胞内から血管内へ移動し、細胞脱水や脳脱水を引き起こします。
さらに、腎臓の尿細管でも浸透圧の影響が現れます。血液から濾過された原尿は、通常であれば尿細管で再吸収されて血液に戻りますが、高血糖状態では原尿中に過剰な糖が含まれるため、原尿の浸透圧が高くなり、水分の再吸収が妨げられます。結果として、大量の水分が尿中へ排泄され、多尿・脱水が進行します。
このように、脳や全身の細胞から血管へ、さらに血管から尿へと水分が移動することで、体全体が重度の脱水状態になります。
進行した糖尿病

糖尿病が進行すると、インスリンがうまく作用せず、糖を細胞内に取り込めないため、細胞は持続的に飢餓状態となります。これに対して身体は、タンパク質を分解してアミノ酸を作り、それをもとに糖を新たに作り出す「糖新生」を活性化させます。
しかし、糖そのものが利用されないまま血液中に蓄積されるため、さらに高血糖が進行していきます。極度の高血糖により血漿の浸透圧が上昇し、脱水と意識障害を引き起こす重篤なものを高血糖高浸透圧症候群(HHS)と呼びます。

飢餓状態が続くと、身体は最終手段として脂肪を分解してエネルギーを得ようとします。この過程が「β酸化」であり、その際に「ケトン体」と呼ばれる副産物が産生されます。ケトン体は酸性物質であり、過剰に蓄積すると代謝性アシドーシスを引き起こし、細胞障害や炎症反応の増強、さらには血管内皮障害などの有害作用をもたらします。
このようにしてケトン体が過剰に生成され、アシドーシスに至った状態を糖尿病性ケトアシドーシス(DKA)と呼びます。
病態の悪化要因
- 細胞の飢餓
- 浸透圧利尿→組織還流量の低下
→細胞内脱水:脳障害、腎障害、消化器障害 - 電解質バランスの崩壊
- 代謝性アシドーシスによる直接的な細胞障害
症状
- 多飲
- 多尿
→進行性のものは腎障害に伴い乏尿になっている事もあるので注意 - 元気低下、反応性低下
- 下痢・嘔吐・食欲不振
診断
糖尿病の診断
- 血糖値の上昇
- 尿中Gluの検出
※猫ではストレスや痛みによりカテコラミンが放出され、一時的な高血糖が起こることがあります。そのため、過去2週間の平均血糖状態を反映する「血中フルクトサミン濃度」の測定も行われます。
高浸透圧性高血糖症候群の診断
- 血糖値の上昇
- 尿中Gluの検出
- 血清浸透圧の上昇(Posm)
簡易Posm値:[(Na+K)×2]+Glu/18+BUN/2
基準値:280〜310
糖尿病性ケトアシドーシスの診断
- 血糖値の上昇
- 尿中Gluの検出
- 尿中・血清中ケトンの検出
- アニオンギャップ上昇
アニオンギャップ(AG)[mEq/L]=(Na+K)-(HCO3+Cl)
基準値:12-15m Eq/L
DKA時:20-35mEq/L - 血液pH
DKAでpH≦7.0の場合は予後が悪い
腎不全の評価と鑑別
糖尿病、HHS、DKAでは浸透圧利尿により尿比重(または尿浸透圧)は上昇します。しかし、慢性的な高血糖により細胞脱水が進行すると、腎障害(急性腎障害または慢性腎臓病の悪化)を併発する可能性があります。
BUNやCreが上昇している場合、それが脱水による循環血流量低下(腎前性高窒素血症)か、実質的な腎障害(腎性高窒素血症)かを早急に鑑別する必要があります。これは治療方針および予後説明に大きく影響します。
所見 | 評価 |
---|---|
BUN・Cre↑ + 尿比重↑ | 腎前性高窒素血症を示唆。腎臓の濃縮機能が維持されている。 |
BUN・Cre↑ + 尿比重<1.020 | 腎性高窒素血症を疑う。原発性腎不全の併発を考慮。 |
乏尿・無尿が疑われる場合、尿量の継続的なモニタリングが必要です。予後評価には、輸液負荷に対して尿産生があるかが重要です。
潜在疾患の評価
DKAの治療を成功させるには、潜在疾患の評価と同時治療が鍵です。レントゲン検査や超音波検査による画像診断が重要です。
- 特に膵炎の併発は頻繁にみられます。
- 猫では肝リピドーシスの併発も一般的です。
消化器症状(嘔吐、下痢、食欲不振、腹痛など)がある場合は、膵特異的リパーゼやCRP(C-反応性タンパク)の測定を推奨します。
膵炎や歯槽膿漏などの炎症はインスリン抵抗性を悪化させ、予後に影響します。
糖尿病性ケトアシドーシス(DKA)の治療
軽症例(食欲・飲水あり)
猫ではストレスによる血糖上昇もあるため、自宅での管理の方が良好なことがあります。無症状で食欲がある場合は、通常の糖尿病の管理から開始します。
中等度〜重症例(食欲廃絶・状態不良)
入院による積極的な治療介入が必要です。
治療目標
- 脱水・電解質異常・アシドーシスの是正
- インスリン投与によるケトン産生・糖新生の抑制
- ケトーシスの解消(36〜48時間)
- 血糖コントロール(150〜300mg/dL)と自発摂食の回復(約12時間)
モニタリング項目
- PCV, TP:脱水評価
- Glu:治療効果の確認
- Na, K, P:輸液剤・補正の選択
- BUN, Cre, 尿量:腎機能の評価
- v-Lip, CRP, T-Bil:膵炎や他の併発疾患
治療の流れ
① 血管内脱水の補正
細胞外液が脱水状態でインスリン治療を開始した場合、糖分の細胞内取り込みと同時に細胞外液も細胞内へ取り込まれてしまい、細胞外脱水(循環血流量低下)を助長してしまうリスクが高くなります。よって、インスリン治療を開始する前に血管内脱水の補正を行います。
- 初期輸液:生理食塩水または乳酸リンゲル液
- 速度:5〜20 mL/kg/hで1〜2時間かけて補正
- 評価指標:
- 尿の生成を確認
- 口腔粘膜の湿潤
- 血圧、心拍数、超音波での心臓ボリュームなども含めて評価する。
血管内脱水の補正が完了したら、IN/OUTを考慮した上で、維持量で継続点滴を行います。
- 維持量:体重(kg)× 50〜60 mL/day(一般的に50 mL/kg/day)
- 過剰輸液(fluid overload:FO)評価:
- 体重の10%以上増加で輸液過剰と判断
- %FO = (現体重 - 入院時体重) ÷ 入院時体重 × 100
② 電解質の補正
Na値
- 血糖100 mg/dL増加ごとにNaに+1.6 mEq/Lして修正する
- 修正後Naが正常を超える場合、急激な補正は避ける
K値
- インスリン治療やアシドーシス是正で血清Kが低下
- カリウム補正は必須。KClを適切に添加
P値
- リンも浸透圧利尿で喪失
- インスリンにより細胞内移行 → 血清Pが急低下
→ 低P血症は筋力低下、神経障害、溶血を引き起こす
→ リン酸Na or リン酸Kをリン酸濃度として0.01〜0.03 mmol/kg/hでCRI、または20〜30 mEqを24時間で投与
③ レギュラーインスリンの投与
インスリン製剤
- 短時間作用型(Rインスリン:Regular insulin)を使用
投与方法の比較
項目 | 静脈内低用量持続 | 筋肉内間欠投与 |
---|---|---|
吸収安定性 | ◎(血流依存せず) | △(血流依存) |
血糖管理 | ◎(微調整可) | △(調整困難) |
技術/設備 | 高度(ポンプ必要) | 簡便(注射) |
モニター頻度 | 高(数時間ごと) | 中(投与前) |
開始量 | 0.05〜0.1単位/kg/h | 0.2単位/kg/im後、1〜2時間毎に投与 |
筆者は、調整しやすい静脈内持続投与法を好んで使用しています。
連続血糖測定
DKA治療では細かな血糖管理が必要であり、リブレ(FreeStyle Libre)などのセンサー型血糖測定器の併用も推奨されます。
連続血糖値測定:リブレの使用

FreeStyle Libreは、皮下間質液中のグルコース濃度を測定する続血糖モニタリングシステム(CGM)す。DKAなどの重篤な代謝性疾患では、頻回な採血が動物のストレスや貧血のリスクとなるため、リブレの併用は非常に有用です。
利点
- 低侵襲でリアルタイムな血糖モニタリングが可能
- 1分ごとにグルコース値を記録し、15分ごとの平均値が得られます。
- 人手をかけずに長時間の血糖推移を把握
- 約14日間持続し、入院管理中の血糖変動を詳細に評価できます。
- 低血糖や急激な血糖変動を早期に検出可能
- 特にインスリン投与中の過剰反応による低血糖のリスク評価に有用です。
- 家族への説明や退院後のモニタリングにも応用可能
- 視覚的に推移を示せるため、インフォームドコンセントや在宅管理への応用がしやすいです。
注意点
- 測定値はあくまで皮下間質液中のグルコース濃度
- 血糖値と1時間程度のタイムラグがあり、急激な血糖変動時には乖離が生じることがあります。
- 重度の脱水・循環不全下では信頼性が低下
- 間質液の循環が不十分な場合、実際の血糖と乖離する可能性があります。
- センサーの脱落や誤作動もあり得る
- 活動的な犬猫では装着部位の保護(ネット包帯やエリザベスカラー)が必要です。
- 高血糖・ケトアシドーシス下では校正が不安定
- DKAの初期段階では、補助的ツールとして使い、定期的な血液グルコース測定との併用が望ましいです。
装着部位の工夫(筆者の経験より)
- 猫:肩甲間部、側胸部、腰背部など皮膚が安定した部位
- 犬:側胸部、臀部など舐めにくい場所を選択
- 毛バリ後、SAドレープ(手術用スプレー式接着剤)を塗布した箇所に装着すると脱落のリスクが減ります。
リブレの併用は、特に血糖の変動が激しい症例や、長期入院が想定される症例において有用なモニタリング手段です。ただし、信頼性には限界があるため、臨床徴候や他の検査所見と組み合わせて総合的に評価することが重要です。
まとめ
糖尿病性ケトアシドーシス(DKA)は、糖尿病の急性代謝性合併症として命に関わる緊急疾患です。インスリンの相対的・絶対的欠乏により、著しい高血糖、ケトン体の過剰産生、アシドーシス、脱水、電解質異常が引き起こされます。
治療の基本は、以下の4点に集約されます。
- 脱水とショックの補正:輸液による循環血漿量の回復と腎血流再開が最優先。腎機能が残存しているかが重要。
- インスリン療法:静脈内または筋肉内投与により血糖とケトン産生をコントロール。
- 電解質の調整:特にカリウムとリンの補正は不可欠。
- 基礎疾患・誘因の治療:膵炎、感染症、腫瘍などを並行して管理。
近年では、FreeStyle LibreなどのCGMデバイスの併用が血糖変動のモニタリングにおいて有用性を増していますが、必ず血液データと臨床症状を組み合わせた評価が重要です。
DKAの管理には、尿量や体重を含む細かなモニタリングと変化への即応が求められます。今回の記事が、DKA症例の病態理解と治療戦略の立案に役立てば幸いです。
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