犬のクッシング症候群について|原因・診断・治療法をわかりやすく解説

「最近、うちの犬がよく水を飲むし、お腹がぽっこりしてきた気がする…」
そんな様子に心当たりがあるなら、クッシング症候群(副腎皮質機能亢進症)かもしれません。
今回は、犬に多いこのホルモン疾患について、症状・原因・診断・治療法まで詳しく解説します。
クッシング症候群とは?
クッシング症候群はコルチゾールの過剰を引き起こす全ての疾患群を指す症候群名で、1932年にDr,Harvey Cushingが報告した当時は単一した疾患と思われていました。現在は病態生理学的に①下垂体依存性(PDH) ②副腎性(AT) ③医原性の3つに大別されます。副腎皮質機能亢進症という用語もクッシング症候群と同義語で、持続的な血中コルチゾールの上昇によって共通の臨床症状を示す症候群です。
クッシング症候群の原因
- 下垂体依存性は一般的に下垂体の良性腫瘍が原因で、ACTHの過剰分泌を特徴とし、2次的に両側性の副腎過形成に発展します。また、臨床的によく遭遇するのは(85-90%)このタイプのクッシング症候群です。
- 副腎性(機能性腫瘍)は、副腎に腺腫もしくは腺癌が発生し、コルチゾールを過剰分泌するものを言います。ただし、副腎腫瘍でもコルチゾールの過剰分泌を起こさない非機能性腫瘍(偶発腫ともいう)も存在するため、すべての副腎腫瘍がコルチゾールを過剰分泌するものではありません。
- 医原性は、過剰もしくは長期的なステロイド投与により、自然発症型クッシング(下垂体依存性・副腎性)とほぼ同じ症状が認められます。体内ではステロイド薬により内因性ACTHの分泌が抑制され、副腎からの内因性コルチコイドの分泌がほとんどされない状態となります。
クッシング症候群の症状
クッシング症候群ではステロイドを過剰摂取した時と同様の症状が慢性的に認められます。
症状 | 病態機序(メカニズム) |
---|---|
多飲多尿(PU/PD) | ● コルチゾールの抗利尿ホルモン(ADH)に対する抵抗性が生じ、尿濃縮能が低下(腎性尿崩症様) ● 結果として尿が薄まり、水分を多く失う→代償的に多飲に |
筋肉量の減少(筋萎縮) | ● コルチゾールの異化作用(筋タンパク分解促進)により骨格筋が萎縮 ● 特に四肢と背筋が目立ちやすい |
皮膚が薄くなる | ● コラーゲン・線維芽細胞の合成抑制により皮膚の構造が脆弱化 ● 真皮の菲薄化、血管が透けて見えるほどになる |
脱毛(非炎症性) | ● 毛周期の停止(休止期脱毛):コルチゾールにより成長期への移行が抑制 ● 抗炎症作用により皮膚炎があっても炎症反応が乏しく、非炎症性の左右対称性脱毛が起きやすい |
腹囲膨満(ポットベリー) | ● 肝臓腫大:コルチゾールによりグリコーゲンが蓄積(いわゆる「糖新生亢進」) ● 腹筋の筋萎縮により腹壁が支えられなくなる ● 脂肪の再分布(中心性肥満)による腹腔内脂肪増加 |
呼吸器症状(パンティングなど) | ● 横隔膜筋の筋力低下や肝腫大による胸腔内容圧迫 ● 中枢性の熱産生促進・体温上昇に対する代償性パンティング ● 呼吸器への石灰化が原因となることもある(異所性石灰化) |
過剰コルチゾールにより肝臓での糖新生(アミノ酸などからのブドウ糖合成)が促進・インスリン抵抗性の増加が促され、コントロールの難しい糖尿病の発症リスクも高くなります。さらには過剰コルチゾールにより、免疫抑制がかかる事で易感染性になることもあります。また、コルチゾールは凝固因子の産生増加・血小板の活性化・線溶系の抑制などを引き起こし、血栓形成傾向となります。
診断
病歴と臨床症状
クッシング症候群を診断する上で、臨床症状の聴取は最も大事な要素です。グレーゾーンな結果となる場合、臨床症状の有無によって追加検査を実施するかどうかの判断要素にもなります。また、医原性クッシングを考慮する上で、これまで投与していた薬などの聴取も必要です。
血液検査
- 赤血球増多症と白血球のストレスパターン(リンパ球↓、成熟好中球↑)が特徴的
血液生化学検査
- ALPとALTの上昇が最も有力的。クッシング症候群の95%でALPの上昇が認められる。
- T-Cho(総コレステロール)の上昇(75%)
超音波検査
- 下垂体性:副腎の両側性腫大もしくは皮質の肥厚
- 副腎性(機能性腫瘍):腺腫・過形成では20mm以下の腫大、20mm以上で悪性腫瘍を疑い、40mm以上では確定的
※超音波検査で機能性を評価する事はできない
特殊検査
尿コルチゾール/尿クレアチニン比(UC/CR)
クッシング症候群により尿中に排泄されるコルチゾールが増加する事を利用した検査。感度が100%に近いため、クッシング症候群の除外診断として有効です(異常値(高値)でなければ、クッシング症候群は否定的)。
- ボーダー値:<1.98
来院時のストレスで上がる可能性もあるので、家での採尿を推奨しています(コンタミネーションを起こしてもOK)
ACTH刺激試験
下垂体性と腫瘍性クッシング症候群ではACTH(副腎皮質刺激ホルモン)に対してコルチゾールの分泌が過剰反応を起こす事を利用した検査です。
- 下垂体性クッシング:診断精度80%前後
- 副腎性クッシング:診断精度50-70%程度
コートロシン注射をIV or IMで投与する前と1時間後の血中コルチゾール濃度を測定する事で判断します。
ACTH刺激試験のpost値
- 正常:<18ug/dL
- グレーゾーン:18-22ug/dL
- HACの診断基準:>22ug/dL
グレーゾーンの場合は、他の検査法を実施するか後日再検査を行う。
非副腎性疾患でもpost値が22-30ug/dL程度まで上昇することがあるため、必ず特徴的な臨床症状の有無を確認する必要がある。
医原性クッシングの診断
医原性クッシング症候群を診断する上では、ステロイドの服用の有無、内因性ACTH値の測定(医原性クッシングでは極低値)、ACTH刺激試験(Pre→低値または正常、post→ほとんど増加しない)などを考慮して判断します。
低用量デキサメサゾン抑制試験(LDDS)
LDDSは正常とクッシングの症例を鑑別する確実な検査方法です。ACTH刺激試験の結果がグレーゾーンな場合にセカンドツールとしても有用です。
低用量のデキサメサゾン(0.015mg/kg/iv)を投与すると、正常では下垂体からACTH分泌がネガティブフィードバックされて、血中コルチゾールを長時間(最高24時間)減少させます。
クッシング症候群の症例ではステロイドによる抑制に対して抵抗性を示すため、デキサメサゾンを投与しても十分な抑制が起こりません。
この検査では下垂体性(PDH)と副腎性(AT)の鑑別をする事はできませんが、いずれの症例においても95〜100%ほどの診断精度を有しております。
しかし、LDDSはデキサメサゾン投与後4時間後と8時間後の血中コルチゾールを測定しなければならないため、ACTH刺激試験と比較すると、手間と時間がかかる事がデメリットです。
正常動物では、必ず8時間後のコルチゾール値が1.0〜1.4ug/dl以下に抑制されるので、そうでない場合は2つのタイプのいずれか(PDHかATか)のクッシング症候群ということが言えます。
下垂体性(PDH)と副腎性(AT)の鑑別は?
古典的な方法としては高容量デキサメサゾン抑制試験(HDDS:デキサメサゾン0.15mg/kg)が利用されておりました。副腎性(AT)の場合、4時間後も8時間後も一貫としてコルチゾール濃度が変化しない(高値)のに対して、下垂体性(PDH)では様々な反応(一過性に抑制がかかる)といった変化が認められます。最近では、超音波検査装置およびその検査技術の向上もあり、超音波検査での確認も推奨されています。
犬のクッシング症候群タイプ別 鑑別検査一覧表
検査項目 | 下垂体性(PDH)(Pituitary-dependent) | 副腎性(AT) (Adrenal tumor) | 医原性(iatrogenic) (ステロイド過剰) |
---|---|---|---|
ACTH刺激試験 (コルチゾール反応) | ◎ 過剰反応あり (高反応) | △ 高反応or無反応 (腫瘍の機能による) | ✕ 反応なし (コルチゾール低値のまま) |
低用量デキサメタゾン抑制試験 (LDDST) | ◎ 抑制されない(8時間後↑) かつ4時間で一時的に抑制されることも | ◎ 抑制されない (一貫して高値) | ✕ 基礎値が低く、そもそも抑制できない |
高用量デキサメタゾン抑制試験 (HDDS) | ◎ 抑制されることが多い(>50%の症例で) | ✕ 抑制されない(高値) | ✕ 基礎値が低く、そもそも抑制できない |
内因性ACTH濃度 | ◎ 正常〜高値 | ✕ 抑制されて低値(フィードバック抑制) | ✕ 極端に低値 (外因性ステロイドで抑制) |
尿中コルチゾール/クレアチニン比(UCCR) | ◎ 高値 | ◎ 高値 | ✕ 低値または正常値 |
副腎超音波所見 | ◎ 両側性腫大 | ◎ 結節性〜腫瘤性病変 | ✕ 両側性に委縮? |
- ACTH刺激試験:医原性では反応しない(副腎が萎縮し、反応能力がないため)
- LDDST:下垂体性では4時間で一時的抑制→8時間後再上昇という「典型パターン」が診断に有用。
- 内因性ACTH:副腎性や医原性では低値になるが、医原性の方が著しく低い。
- HDDS:下垂体性と副腎性の鑑別に有用。HDDSで抑制されるのは下垂体性のみ。
- 超音波検査:画像診断で副腎の左右差・腫大の確認が重要。
実臨床での活用例
- 「臨床症状+UCCR正常or低値」→PDH・ATではない
- 「臨床症状+ACTH低値・コルチゾール低値」→ 医原性疑い
- 「両副腎腫大±ACTH刺激反応あり+LDDSTで抑制なし+内因性ACTH高値」→ 下垂体性クッシング
- 「副腎結節〜腫瘤+内因性ACTH低値+HDDS抑制なし」→ 副腎性クッシング
治療法
下垂体性(PDH)の治療
トリロスタン
初期用量:2.2〜6.7mg/kg/sid
- 投与開始1週間後:Na-K-CL、Glu
- 投与開始2週間後:ACTH刺激試験(投与後4-6時間後)
- 用量の調整はACTH刺激試験のpost値をもとに行う
投与開始2〜4週目まで
- <1.45ug/dL 投与中止。post値が22ug/dl以上になるまで待ってから低用量で開始
- 1.45-9.1ug/dl 初期用量を維持
- 9.1ug/dl〜 用量を増量
投与開始4週以降(臨床症状を評価の対象に加える)
- <1.45ug/dL 投与中止。post値が22ug/dl以上になるまで待ってから低用量で開始
- 1.45-5.4ug/dl 用量を維持
- 5.4-9.1ug/dl ①臨床症状なし→用量変更なし②臨床症状明確→増量
- 9.1ug/dl〜 用量を増量
次の症状が認められた場合は低コルチゾール血症を考慮する
①多飲多尿が主症状であった子の飲水量が60ml/kg/day以下になったとき
②元気食欲の低下
③嘔吐
- 用量変更時はその都度10-14日後にACTH刺激試験(post)を行う。
- 減量時はその用量の〜50%を目安に行う
- SID→BIDにする場合は、1日量として30〜50%増量とする計算でBIDで割る。
ただし、BIDで投与するとSIDより吸収性が向上するため、単純に2回分に分けて投与しても良い。
長期モニタリング
トリロスタンの適切な用量が決定されたら、30日後にACTH刺激試験・電解質・Gluの測定を行う。
その後は3ヶ月ごとに再検査。
副腎性(AT)の治療
副腎摘出術
第一選択肢(腫瘍が摘出可能な場合)
- 目的:腫瘍を完全に切除してコルチゾール分泌を止める
- 適応条件:腫瘍が片側性で、局所浸潤や転移がない場合
- メリット
- 完治が期待できる唯一の治療
- デメリット・リスク
- 全身麻酔+高難度の手術(出血・合併症のリスクあり)
- 手術後、反対側の副腎が萎縮していると一過性の副腎皮質機能低下症(アジソン様症状)を起こす可能性あり → ステロイド補充が必要
内科的治療(薬物療法)
手術不適応例、飼い主が外科を希望しない場合など
▶ トリロスタン
- PDHの治療に準ずる
- 注意点
- 効果は可逆的・一時的であり、根本治療ではない
- 過剰投与で副腎皮質機能低下(アジソン様症状)を引き起こす可能性
- 腫瘍の増大や転移の進行を抑える効果はない
医原性クッシング症候群の治療
ステロイド剤の中止(漸減)
- 急にやめない!
長期間使用していた場合は、数週間~数カ月かけて漸減が原則です。
漸減スケジュール(例)
期間 | 用量調整例(プレドニゾロン) |
---|---|
1–2週間 | 現在の用量から25%ずつ減量 |
その後 | 1日おき投与へシフト(隔日投与) |
最後 | 数日ごとに間隔を空けて最終的に中止 |
- モニタリング:多飲多尿や腹部膨満、皮膚萎縮などの症状が改善してきたか確認
- ステロイドを完全に中止しても、副腎皮質機能の回復には数週間〜数カ月かかる場合があります
- コルチゾール分泌が完全に戻るまでは、強いストレス時に一時的に補助的なステロイド投与が必要な場合あり(例:手術、入院時)
まとめ
犬のクッシング症候群は、コルチゾールというホルモンが過剰に分泌される病気です。原因には下垂体や副腎の腫瘍、長期のステロイド投与があります。多飲多尿や脱毛、腹部膨満などが見られたら早めの受診をお勧めします。早期診断と適切な治療で生活の質を保つことが可能です。
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