犬の急性膵炎の重症度評価と治療について|重症度評価篇

急性膵炎(AP)は犬によく見られる病気ですが、原因についてはまだすべてが明らかになっているわけではありません。
軽い膵炎では、食欲不振やお腹の痛み、嘔吐、元気がないといった中程度の症状が見られますが、適切な治療を行えば多くの場合、完全に回復します。
一方で、重い膵炎になると、膵臓の組織が壊れてしまい、より深刻な症状を引き起こすことがあります。全身に炎症が広がる「全身性炎症反応症候群(SIRS)」や、「多臓器不全」「播種性血管内凝固症候群(DIC)」などの合併症が起こることもあります。
人の医療では、重度の急性膵炎を発症してから48時間以内にSIRSが現れると、死亡と関係があることが報告されています。

こちらの記事では犬の急性膵炎の重症度評価について詳しく解説します。

犬の急性膵炎の診断についてのコラム記事はこちら↓↓

犬の急性膵炎の重症度評価

犬における急性膵炎(AP)に関する理解は進んでいるにもかかわらず、死亡率は依然として高く、27~58%の範囲にあると報告されています。これは、人間の医療における死亡率(5~15%)と比べて非常に高い数字です。

このことから、犬の急性膵炎に対する重症度評価の確立は、適切な治療を行い死亡率を下げるための重要な課題であると考えられます。

2019年には、SIRS(全身性炎症反応症候群)、凝固障害、血清クレアチニンの上昇、イオン化カルシウムの低下という4つの危険因子に基づいたCAPSスコア(Canine Acute Pancreatitis Severity Score)と、その簡易版であるsCAPSスコアが開発され、APに特化した重症度評価法として注目を集めています。

CAPSスコア(各項目1点、合計最大4点):

項目評価基準
① SIRS(全身性炎症反応症候群)以下の4項目のうち2つ以上が該当:
・体温 < 37.4°C or > 39.7°C
・心拍数 > 160 bpm or 60bpm以下
・呼吸数 > 40 bpm またはPaCO₂ < 32 mmHg
・白血球数 < 4000 または > 16000 または未熟好中球 > 3%
② 凝固異常PTまたはaPTTの延長、Dダイマー上昇など(DICの兆候)
③ クレアチニン上昇基準値以上、または急性腎障害の疑い(日単位で+0.4mg/dl以上)
④ イオン化カルシウムの低下iCa < 1.0 mmol/L(低カルシウム血症)

CAPSスコアの重症度と予後

CAPSスコア臨床的意義
0–1点軽度、予後良好
2点以上重症急性膵炎の可能性が高く、死亡率増加

sCAPSスコア(simplified CAPS)

CAPSスコアの簡易版で、より実用的に使いやすくするために開発されたスコアです。SIRS以外の評価が難しい場合に有用です。

sCAPSの構成要素:

  • SIRSの有無のみを評価(1点 or 0点)

sCAPS = SIRSがある:1点 / なし:0点

sCAPSスコアの意義:

  • sCAPS = 1点 → 重症化のリスクあり
  • sCAPS = 0点 → 軽症の可能性が高い

CAPSスコア以外では、人の医療における敗血症や重症患者における多臓器障害の進行と予後を評価するSOFAスコア(Sepsis-related Organ Failure Assessment)や、犬の重症度・死亡リスクの予測するAPPLEスコア(Acute Patient Physiologic and Laboratory Evaluation)のように、基礎疾患を問わずICU管理が必要な犬の全身状態を評価するための汎用的なスコアも用いられており、急性膵炎にも応用されています。

いずれのスコアを用いる場合でも重要なのは、「急性膵炎がどの程度SIRS病態に移行しているか」を的確に把握することであり、それが予後を見極める鍵になると考えられます。

Success

CT検査は犬の急性膵炎の重症度評価に有用かも!?
ヒトの急性膵炎ガイドライン(2015年)では、腹膜炎の進展度と重症度に相関があることが示されています。
同様に、犬の急性膵炎においても、CT画像所見と治療期間との関連性が指摘されており、横行結腸尾側まで腹膜炎が波及している症例では、5日以上の入院が必要であったという国内報告があります。
また、犬の急性膵炎症例でCT検査を実施した複数の報告では、38〜55%の症例に門脈血栓が認められたとの記載もあります。
これらの知見から、CT検査は犬の急性膵炎における重症度予測において有用なツールとなる可能性があると考えられます。

画像検査から重症度を予測

人医療における急性膵炎では、重症度や病態の評価に「改訂アトランタ分類」が広く用いられています。この分類では、膵炎を「軽症・中等症・重症」に分けるだけでなく、CTやMRIを用いた画像所見に基づいて液体貯留や壊死の有無・成熟度(被包化の有無)などの解剖学的変化を分類することで、治療方針の決定に役立てています。

現在、獣医療にはアトランタ分類のような正式な画像ベースの重症度分類は存在しませんが、超音波検査やCTによって観察される膵臓実質の浮腫所見、仮性嚢胞様構造、膵壊死の疑い所見などは、アトランタ分類の概念と一定の相関があると考えられます。

間質性浮腫性膵炎


  • 膵実質の浮腫・周囲への炎症の波及は認められるが、壊死を伴わない可逆性炎症
  • 膵実質の形状の変化は比較的乏しい

壊死性膵炎

  • 膵実質or/and周囲組織の壊死を伴った膵炎
  • 不可逆性変化

実際の治療法概説:犬の急性膵炎には個別対応がカギ

急性膵炎の治療は、重症度に応じて「どこまで積極的な管理が必要か」が異なります。どの症例にも共通する支持療法の基本と、重症例ではさらに踏み込んだ集中治療が必要になります。

基本となる支持療法(全症例で必要)

  • 補液療法:循環血液量の維持と膵血流改善のため、乳酸リンゲルなどの等張液を用いた静脈輸液が基本です。脱水やショックに応じて速度を調整します。
  • 鎮痛管理:膵炎に伴う腹痛は強く、オピオイド(ブプレノルフィン、フェンタニルなど)による疼痛管理が重要です。
  • 制吐薬の投与:マロピタント、オンダンセトロンにより、嘔吐・悪心を抑え、経口摂取の早期再開につなげます。
  • 早期の栄養管理:近年では絶食よりも、可能な限り早期の経腸栄養(経口または経食道チューブ)開始が推奨されており、腸管バリア機能の維持が目的です。
  • 抗炎症療法:近年、ステロイドは犬の急性膵炎への有効性が報告されています。ただし、副作用や他の併発疾患への影響も考えながら使用しなければいけません。日本国内においては白血球の遊走を阻害するフザプラジブナトリウム(ブレンダ)の使用も広まっています。

重症度に応じた追加治療

重症度スコア(例:CAPSスコア)で高得点の症例や、ショック・多臓器不全の兆候がある場合は、以下のような治療が必要になることがあります。

  • 昇圧薬の使用:補液に反応しない低血圧がある場合、ドパミンやノルアドレナリンなどの昇圧薬を使用します。
  • 電解質・酸塩基平衡の補正:特に重症例では低カルシウム血症、アシドーシスなどが起こるため、頻繁な血液モニタリングが不可欠です。
  • 抗菌薬の投与:膵壊死や感染の兆候がある場合に限って使用します。予防的な抗菌薬の routine 投与は推奨されていません。
  • 血糖管理:重度の膵障害によりインスリン分泌が低下し、高血糖になることがあります。必要に応じてインスリン投与を行います。
  • 膵炎に伴うDICや肺水腫への対応:合併症としてDICやARDSを呈した場合、それぞれに対する集中管理(ヘパリン、酸素投与、人工呼吸など)が必要です。

まとめ

犬の急性膵炎は、軽度で自然に回復するケースから、命に関わる重篤な症例まで多様な経過をとります。重要なのは、正確な重症度評価を行い、それに応じた最適な治療戦略を選択することです。適切な初期対応が、予後の改善につながります。

次回は、急性膵炎に対する治療法について、重症度別に詳しく解説していきます。

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