犬の繰り返す肛門嚢炎|肛門嚢摘出手術が必要になるケースとは?

「お尻を床にこすりつける」「頻繁に舐める」「肛門の横が腫れている」
こうした症状で来院する犬に多い病気のひとつが肛門嚢疾患(Anal Sac Disease:ASD)です。
多くの場合は内科的治療で改善しますが、再発を繰り返すケースでは外科手術(肛門嚢切除術)が選択肢となることもあります。
この記事では、犬の肛門嚢炎について、診断から治療、そして手術が必要となる状況までをわかりやすく解説します。
肛門嚢炎の概説(肛門嚢疾患とは)
犬の肛門嚢疾患(ASD)は、大きく以下の2つに分類されます。
- 非腫瘍性肛門嚢疾患
- 肛門嚢閉塞
- 肛門嚢炎
- 肛門嚢膿瘍
- 腫瘍性肛門嚢疾患
- 肛門嚢アポクリン腺癌 など
本記事で扱うのは、非腫瘍性の肛門嚢疾患です。
非腫瘍性ASDは「連続した病態」
非腫瘍性肛門嚢疾患に分類される3つの疾患は独立した病気ではなく連続した病態と考えられています。
- 肛門嚢の内容物が排出されにくくなる(閉塞)
- 細菌増殖や刺激により炎症が起こる(肛門嚢炎)
- 炎症が進行し膿瘍形成に至る(肛門嚢膿瘍)
※ 肛門周囲瘻(皮膚に穴が開く状態)の有無は必須条件ではありません。
肛門嚢炎の診断
主な臨床症状
犬の肛門嚢炎では、以下のような症状がみられます。
- お尻を床に擦り付ける(スクーティング)
- 肛門を舐める・噛む
- 会陰部の違和感による落ち着きのなさ
- 排便時の痛み・しぶり
- 肛門周囲の腫脹、発赤、疼痛
診断のポイント
- 視診・触診による肛門嚢の腫脹や疼痛評価
- 用手圧迫による内容物の性状確認(粘稠・膿性・血性など)
- 膿瘍形成が疑われる場合は超音波検査が有用
慢性例では、左右差・再発頻度・既往歴の把握が重要です。
治療法:内科的治療(保存療法)
非腫瘍性ASDの多くは、まず内科的治療が選択されます。
一般的な保存的治療
- 用手的肛門嚢圧搾
- 全身性抗生物質・抗炎症薬
- 温罨法(温熱パッキング)
- 抗生物質の局所注入
- 必要に応じた切開排膿
- 食物繊維量の調整(便性改善)
保存療法の限界
獣医学文献では、保存的治療への反応率は60〜85%と報告されています。
一方で、2か月ごとの定期的な手動圧搾を行った犬では、再発までの平均期間が約3週間とされており、再発性の問題が指摘されています。
外科治療の適応(肛門嚢切除術を考えるタイミング)
以下のような場合には、外科的治療が検討されます。
- 内科治療を行っても再発を繰り返す
- 慢性化し肛門嚢壁の肥厚や線維化が進行している
- 膿瘍形成を何度も起こしている
- 排便時痛や生活の質(QOL)低下が顕著
このようなケースでは、両側肛門嚢切除術が根治的治療として推奨されます。
外科手技(肛門嚢切除術の方法)
肛門嚢切除術は、肛門嚢を切開するか否かによって分類されます。
手術手技の分類
- 開放式肛門嚢切除術
- 肛門嚢を切開して内容物を排出後に摘出
- 閉鎖式肛門嚢切除術
- 肛門嚢を切開せず、嚢を温存したまま摘出
さらに、切開範囲や操作の違いから
- 従来型開放手術
- 修正開放手術
- 修正閉鎖手術
といったバリエーションがあります。
従来の開放式手術は長期合併症率が高いことが報告されており、閉鎖式手術が多く採用されています。
閉鎖式手術
閉鎖式肛門嚢切除術では、導管内に鉗子や栄養チューブを挿入し、肛門嚢の位置を確認しながら摘出する方法が一般的に知られています。当院では肛門嚢内に寒天ゲルを充填して摘出する方法を採用しています。

本手技に用いられていた「アナルサック®」は現在終売となっているため、当院では歯科用寒天印象剤(Goodloid®)を代替として使用しています。
全身麻酔下にて伏臥位で保定し、ヒビテンによる洗浄を行った後、肛門嚢内に寒天ゲルを注入します。寒天ゲルは加熱により液状化し、冷却により固形化する性質を有します。溶解に際しては、沸騰水に浸漬した後、電子レンジ(500W)で約1分間加熱して使用しています。
十分に加温されたゲルを注入することで、肛門嚢の形態が明瞭となり、剥離操作が容易になるとともに、嚢内容物や腺構造への熱的影響が得られる可能性があります。

ゲルが固形化した後、消毒を行い、肛門嚢直上を肛門括約筋に並走する方向に皮膚切開します。
術者の経験上、先に導管へアプローチし、結紮・離断を行った後に肛門嚢本体の剥離・摘出を進める方が、手技全体を効率よく進めやすいと感じています。なお、肛門嚢の頭側には血管および神経が豊富に存在するため、頭側の剥離操作では特に丁寧かつ慎重な操作を心がけています。
合併症と術後の注意点
主な合併症
- 一過性の便失禁
- 会陰部感染
- 創部離開
- 排便時違和感
文献上、永久的な便失禁はまれ(数%未満)とされていますが、術後早期の一過性失禁は一定の頻度でみられます。
術後管理のポイント
- 排便時の観察(便失禁・疼痛)
- 創部の清潔管理
- 過度な舐め防止(エリザベスカラー)
まとめ
- 犬の肛門嚢炎は多くが内科治療で改善する
- しかし、再発性・慢性例では根治が難しい
- 繰り返す場合は肛門嚢切除術が有効な選択肢
「何度も同じ症状を繰り返している」「定期的な圧搾が必要」
そんな場合は、一度外科治療について獣医師と相談することが大切です。
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