犬の肛門周囲の腫瘍

犬の肛門の周囲に「しこり」や「できもの」を見つけて、不安になって来院される飼い主様は少なくありません。
肛門周囲の腫瘍は良性から悪性まで幅広く存在し、見た目だけでの判断は困難です。一方で、早期発見・早期治療によって完治が期待できる腫瘍もあるのが特徴です。
本記事では、犬の肛門周囲にできる腫瘍の種類、症状、診断方法、治療法、予後について、分かりやすく解説します。
犬の肛門周囲腫瘍とは?
犬の肛門周囲腫瘍とは、肛門を取り囲む皮膚や皮下組織、肛門腺(肛門周囲腺)、肛門傍洞(肛門嚢)由来の腫瘍の総称です。
見た目は「小さなイボ」から「出血を伴う大きなしこり」まで様々で、炎症や肛門嚢炎と見分けがつかないケースもあります。
肥満細胞腫・軟部組織肉腫・扁平上皮癌・リンパ腫などの悪性腫瘍も発生することは稀にありますが、鑑別として圧倒的に多い腫瘍は肛門周囲腺腫瘍(肛門周囲腺腫・肛門周囲腺癌)、肛門嚢腺癌(肛門嚢アポクリン腺癌)です。
肛門腺って肛門腺じゃない?
動物病院でよくおこなう「肛門腺絞り」。厳密には肛門腺ではなく、肛門傍洞の腺を絞っています。
解剖学的に整理すると
・肛門腺:肛門柱帯や中間体に存在する腺(皮膚と直腸の境界あたり)
・肛門周囲腺:肛門周囲の皮下組織に円周状に存在する腺(犬にしかない)
・肛門傍洞の腺:肛門嚢(内肛門括約筋と外肛門括約筋の間にある袋状の組織)に存在する腺
になります。
この中で、腫瘍化しやすいのは肛門傍洞の腺と肛門周囲腺です。
症状
肛門周囲に異常があると、しきりにお尻を気にしたり地面に擦り付けることがあります。
症状がないことも多いため、肛門周囲を定期的に観察し腫瘤や出血、潰瘍などの異常を確認する必要があります。
腰下リンパ節転移による骨盤腔の狭窄(便秘、テネスムス)や高カルシウム血症(多飲多尿、食欲不振、嘔吐、骨格筋の虚弱、 沈鬱・昏睡、発作など)に関連した症状を示すこともあります。
肛門周囲腫瘍の分類と診断の考え方
犬の肛門周囲に発生する腫瘍は、大きく
① 肛門周囲腺腫瘍(肛門周囲腺腫・肛門周囲腺癌) と
② 肛門嚢アポクリン腺癌(肛門嚢腺癌)
の2つに分類されます。
両者は発生部位・腫瘍の性質・治療方針・予後が大きく異なるため、正確な鑑別診断が重要です。

発生部位の違いと触診の重要性
肛門周囲腺腫瘍と肛門嚢アポクリン腺癌は、由来となる組織が異なるため、発生部位にも明確な違いがあります。
- 肛門周囲腺腫瘍:皮膚の上皮に固着した腫瘤として触知される。肛門を中心に円周状どこでも発生する
- 肛門嚢アポクリン腺癌:皮下組織深部に存在し、上皮との可動性がある。肛門から4時と8時方向を中心に広がる
このため、視診・触診は腫瘍の由来を推定するうえで非常に重要な初期診断ステップとなります。
触ったときに皮膚と一体化しているのか、皮下にしこりとして存在するのかを評価することで、ある程度の鑑別が可能になります。
また、直腸検査は、直腸と腫瘍との固着性を予測する上で重要な指標になります。
細胞診での違い
肛門周囲腺腫瘍は、皮脂腺由来の腫瘍であり、細胞診では肝細胞の配列に似た特徴的な構造を示すことから、「肝腺」とも呼ばれます。
ただし、
- 腺腫(良性)と腺癌(悪性)の区別は、細胞診だけでは困難な場合がある
という大きな制約があります。
細胞の異型性が乏しい場合でも、実際には組織学的に浸潤性の強い腺癌であるケースも存在するため、最終診断には組織生検が必要となることがあります。
一方で肛門嚢腺癌(肛門嚢アポクリン腺癌)はアポクリン腺由来の腫瘍であり、肛門周囲腺腫瘍とは細胞像が異なる事や異形性が比較的高いことから区別されやすいです。
肛門周囲腫瘍の治療と予後
肛門周囲腺腫と肛門周囲腺癌
肛門周囲腺腫瘍の正常細胞および腫瘍細胞には、
- アンドロゲン受容体(男性ホルモン受容体)
- エストロゲン受容体(女性ホルモン受容体)
が存在することが知られています。
このため、特に肛門周囲腺腫(良性)では、未去勢雄に好発とされています。しかし、去勢済みの雄や避妊した雌においてもその発生は認められます。
肛門周囲腺腫の治療と予後
肛門周囲腺腫は去勢手術の実施に合わせて1cm以下のマージンにおける外科手術でほぼ治療的であり、局所再発は10%未満と非常に低いことが特徴です。
肛門周囲腺癌の治療と予後
肛門周囲腺癌は局所浸潤性が非常に強い悪性腫瘍であり、不完全切除では高率に局所再発を起こします。
そのため、外科手術においては、
- 1〜3cmの十分な切除マージン
を確保した広範囲切除が推奨されます。
肛門周囲という解剖学的に制約の多い部位であるため、術前の腫瘍評価と手術計画が極めて重要となります。
予後
肛門嚢腺癌は病期と外科切除の完全性、病理組織所見が予後に関与しています。
完全切除症例の13%で局所再発が認められると知られています。
肛門嚢腺癌(肛門嚢アポクリン腺癌)
肛門嚢腺癌(肛門嚢アポクリン腺癌)は、犬の肛門嚢に発生する悪性腫瘍で、小さくてもリンパ節転移や高カルシウム血症を起こしやすいのが特徴です。
通常は片側肛門嚢のみに発生しますが、4〜20%で両側に発生します。
早期転移率が高い悪性腫瘍としても知られており、2cm未満の腫瘍の約20%が診断時にすでに腰下リンパ節群に転移していると言われています。
また、高カルシウム血症の発現は、腫瘍のサイズではなく、リンパ節転移の存在とそのサイズに依存すると考えられています。
肛門嚢腺癌(肛門嚢アポクリン腺癌)の治療

最善の治療選択は、原発病巣と腫大した腰下リンパ節の両方を外科的に摘出することです。
原発巣に対しては閉鎖式肛門嚢摘出が推奨されており、再発率は5〜21%、合併症発生率(⼀過性を含む)は7〜21.8%と報告されています。
また、再発症例に限らず、腰下リンパ節群の腫大を伴う場合には、腫大リンパ節を摘出することで生存期間の延長が期待できます。
肛門嚢摘出について詳しい記事はこちら↓↓
さらに、リン酸トセラニブの有効性も示唆されています。肉眼的病変に対する臨床効果率は69%(PR 20.7%、SD 48.3%)で、無増悪期間中央値は肉眼的病変で225日、顕微鏡的病変で510日と報告されています。また、高カルシウム血症の改善効果も期待されます。
放射線治療は有害事象の発生が多いものの、外科療法や分子標的薬と併用することで、腫瘍増殖抑制および高カルシウム血症の改善効果が期待されます。
予後因子
犬の肛門嚢腺癌(肛門嚢アポクリン腺癌)の予後は、いくつかの要因によって大きく左右されることが知られています。
主に影響するのは 臨床症状の種類、病期(ステージ)、病理組織学的タイプ の3点です。
臨床症状の種類と予後
同じ肛門嚢腺癌でも、初診時の症状によって生存期間に差があることが報告されています。
- 全身症状がみられる場合
例:しぶり、便秘、多飲多尿、食欲不振など
→ 中央生存期間(MST):293日 - 局所症状のみの場合
例:肛門周囲の腫瘤、出血
→ 中央生存期間(MST):773日
これは、全身症状を呈する症例では腫瘍の進行や高カルシウム血症などの全身影響がすでに生じている可能性が高いためと考えられます。
病期分類(Polton分類)

肛門嚢腺癌では、腫瘍の大きさやリンパ節転移の有無に基づく Polton分類 が予後評価に用いられます。
一般的に、リンパ節転移や遠隔転移がある進行例では生存期間は短くなります。
病理組織学的パターン
摘出した腫瘍の顕微鏡検査(病理組織検査)でも予後差が認められています。
- 個体パターン
→ MST:471日 - その他(ロゼッタ状、管状)のパターン
→ MST:949日
個体パターンは腫瘍細胞の結合が弱く、浸潤性・転移性が高い傾向があるため、予後不良因子と考えられています。
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