猫伝染性腹膜炎(FIP)の治療|治療薬の比較

猫伝染性腹膜炎(FIP)は、2019年ごろまで「不治の病」とされていましたが、近年では非常に高い治療反応率と良好な長期予後を期待できる疾患へと大きく変貌を遂げています。特に英国では2021年から治療が合法化され、多くの医療機関でFIP患者の治療に成功しています。

この記事では、FIP治療における最新知見と治療薬の選択肢について、わかりやすく解説します。


FIP治療の基本方針|注射剤と経口剤の使い分け

治療は当初、注射剤(レムデシビル)で開始し、その後、経口剤(GS441524錠剤)に移行するのが一般的でした。
最近では、食欲がある症例においてはFIP治療開始時から経口剤を使用できる事が示唆されています。そのため、現在では注射剤は経口投与が困難な猫(例えば重度の神経症状がある猫)にのみ使用しています。


投与量の決定と分割投与の意義

投与量はFIPが体内のどこに影響しているかに応じて変化します。特に中枢神経系や眼の症状がある場合には、これらの部位に到達できるだけの高濃度が必要です。

また、従来の1日1回投与ではなく、効果が十分でない症例においては1日2回(BID)の分割投与も推奨されています。これにより血中濃度が安定し、より効果的な治療が可能となります。

投与量の目安(GS441524経口)

症状投与量注射剤(レムデシビル)での投与量
滲出液あり、中枢神経・眼症状なし(wet type)15mg/kg/day(6~7.5 mg/kg BID)10 mg/kg IV/SC SID
滲出液なし、中枢神経・眼症状なし(dry type)15mg/kg/day(6~7.5 mg/kg BID)12 mg/kg IV/SC SID
眼内症状あり15〜20mg/kg/day(7.5~10 mg/kg BID)15 mg/kg IV/SC SID
中枢神経症状あり20mg/kg/day(10 mg/kg BID)20 mg/kg IV/SC SID
  • 治療効果が認められれば、最初の 2 ~ 7日間で、活動性、食欲、発熱の解消、腹水または胸水 (ある場合) の減少が見られます。
  • 腹水または胸水は通常2週間でほとんどが消失します。2週間経っても滲出液が残る場合は、投与量の増量(+2〜3mg/kg)もしくは分割投与(1日2回12時間ごと)を検討します。
  • 腫大したリンパ節は数週間で縮小がみられます。
  • 眼・神経症状は5〜14日以内に改善する傾向にありますが、重症度によっては後遺症が残る可能性があります。
  • グロブリンの減少は6-10週間、高ビリルビン血症や血球異常の改善には2-3週間ほどかかります。

治療期間とその根拠

現在、推奨される治療期間は12週間(84日間)です。これはNeils Pedersenらの研究をはじめとするエビデンスに基づいており、短期間の治療(42日間)で同等の結果が得られたという報告もありますが、再発リスクなどを考慮すると現時点では84日間が推奨されています。

体重の増加により予定用量(mg/kg)が不足しないよう、週1回の体重測定と用量調整が非常に重要です。


GS441524を「診断治療」として使用する意義

FIP(特にドライタイプ)の確定診断は難しく、症状から疑われた場合にGS441524を治療試験的に投与する選択肢があります。多くの猫で数日以内に症状の改善がみられるため、診断補助としての役割も果たします。

ただし、治療反応が乏しいからといってFIPを完全に否定することはできず、15%ほどの猫は反応を示さないこともあります。

MUTIANやCFNも診断治療として使用できるか?
MUTIANやCFNについても、GS441524に類似したヌクレオチド誘導体が含まれていると推察されるため、「診断的治療(治療試験)」として投与する選択肢にはなり得ます。しかし、これらの製剤にはそれ以外にも、イノトジオール(ステロイド様作用)、シリマリン(肝保護作用)、クロシン(抗酸化作用)といった複数の生理活性成分が配合されており、FIP以外の疾患に対しても症状改善効果を示す可能性があります

そのため、投与後に症状改善が認められた場合でも、それをもってFIPと確定診断することは難しいと考えられます。特に肝疾患や炎症性疾患、腫瘍疾患など他の慢性疾患が背景にある場合、非特異的な改善が起こりうる点には注意が必要です。

一方で、BOVA社のGS441524製剤はGS単成分のため、投与後の明確な症状改善はFIP診断の参考所見となる場合が多く、「診断的治療」としての信頼性は相対的に高いと考えられます。


治療成績と予後

現在では、約85%の猫が12週間の抗ウイルス治療により寛解しています。再発は10%未満で、成功すれば長期予後は良好です。


【比較】代表的FIP治療薬の特徴と違い

製品名有効成分特徴長所短所
BOVA GS441524GS441524英国製の高品質製剤。治療モニタリングと併用しやすい海外における臨床使用例やまとまった論文報告もあり、信頼性が高い
濃度や品質にバラつきがない
日本においては獣医師による個人輸入が必要
MUTIANほどではないが高価
モルヌピラビル抗RNAウイルス薬コロナウイルスにも効果があり、FIPへの適応が研究されている比較的安価
一部のFIP症例で効果が報告されている
長期的安全性が不明
GS441524に比べ臨床データが少ない
MUTIAN/CFN(中国製)GS441524に類似した合成物GS441524に類似した合成物に加え複数の成分が含まれる(論文ベースではなく)使用経験に基づく国内データが豊富成分の信頼性に課題あり
濃度や品質にバラつきがある可能性
非常に高価

当院では主にBOVA社製のGS-441524レムデシビルおよびモルヌピラビルを使用しておりますが、CFN製品での治療経験もございます。CFN製品については、濃度や品質にばらつきがある可能性が指摘されているものの、実際の使用経験においてはBOVA社製GS-441524と比較して治療効果の発現が早いと感じられた症例もありました。
モルヌピラビルは比較的低コストで使用可能な反面、安全域が狭いことや動物実験レベルで副作用(成長板異常、催奇形性、変異原性など)の報告があることから、当院では原則として成長期ではないFIP初期と判断される症例を対象に治療適応としています。ただし、経済的な事情により他の選択肢が難しい場合には、リスクをご説明したうえで使用することもあります。

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まとめ

FIP(猫伝染性腹膜炎)は、かつて「不治の病」とされていましたが、現在では寛解が可能な疾患へと変化しつつあります。しかし、その治療の歴史はまだ浅く、長期的な安全性や予後については不明な点も多いのが現状です。「治療しなければ確実に命を落とす病気であり、未来のリスクよりも今、目の前の命を救うことを最優先とする」という治療方針は、現在も変わっていません。
FIP治療の成功には、適切な薬剤選択、正確な用量設定と投薬期間の遵守、体重の管理、必要に応じた補助療法の併用が重要な要素となります。また近年は治療薬の選択肢も広がっており、信頼性の高い製剤を選ぶことも治療成績に大きく関わります。

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