2026年 ACVIMガイドラインから学ぶ犬の慢性炎症性腸症|どう定義し、どう診断し、いつ免疫抑制を使うか?

なかなか治らない下痢や嘔吐、体重減少…こうした症状が長く続くとき、考えられる原因のひとつが「慢性腸症(CE;chronic enteropathy)」です。
これまで慢性腸症は、長期間にわたって下痢や嘔吐、体重減少などの消化器症状が続く病気の「総称」として捉えられてきました。そして、診断後の治療反応性に基づいて、食事反応性腸症や抗菌薬反応性腸症、ステロイド反応性腸症などに分類されました。2026年にACVIMコンセンサスステートメントが発表され、慢性腸症は「慢性炎症性腸症(CIE:Chronic Inflammatory Enteropathy)」という包括概念として使用されるようになりました。
この2026年のACVIMガイドラインは、単なるアップデートというより、
「犬の慢性炎症性腸症(CIE)をどう定義し、どう診断し、いつ免疫抑制剤を使うか」
をかなり整理し直した内容です。本記事は慢性炎症性腸症のアップデート情報についてわかりやすく解説します。
CIEとは何か?
犬の慢性的な下痢や嘔吐、食欲不振、体重減少といった消化器症状は、日常診療でも頻繁に遭遇します。
これまで、このような症例は
・炎症性腸疾患(IBD)
・食事反応性腸症(Food-responsive enteropathy)
・抗菌薬反応性下痢(Antibiotic-responsive diarrhea)
・蛋白漏出性腸症(PLE)
など、さまざまな名称で分類されてきました。そのため、診断や治療の進め方も施設や獣医師によって異なる部分がありました。
2026年に発表されたACVIMコンセンサスガイドラインでは、これらの疾患概念が見直され、「慢性炎症性腸症(Chronic Inflammatory Enteropathy:CIE)」という包括的な疾患概念として再整理されました。
従来広く用いられていた「慢性腸症(Chronic Enteropathy:CE)」という名称から、「慢性炎症性腸症(CIE)」へと呼称が変更されたことになります。これは単なる名称変更ではなく、疾患の本態が炎症を伴う腸管疾患群であることをより明確に示したものと考えられます。
現在のガイドラインでは、CIEは「3週間以上持続または再発する消化器症状を示し、感染症や内分泌疾患、腫瘍などの他疾患が除外された慢性消化器疾患群」と定義されています。
なお、これらの病態については以前公開した慢性腸症(CE)の記事で詳しく解説していますので、ぜひ併せてご覧ください。
以下からは今回のガイドラインでアップデートされた内容について説明します。
IBDという言葉は使わない
今回のガイドラインでまず強調されたのが、
「炎症性腸疾患:IBD(Inflammatory Bowel Disease)」という用語の使用を避けるということです。
これは人医療のIBD(クローン病や潰瘍性大腸炎)と犬の病態は類似点があるものの同一ではないためです。
また、蛋白漏出性腸症(PLE)と肉芽腫性大腸炎(GC)は慢性炎症性腸症(CIE)とは完全に独立した疾患であることを示す十分な根拠がないため、現在のところPLEやGCも慢性炎症性腸症(CIE)の表現型スペクトラムの一部として位置付けています。
CIEの病態を整理

CIEの病態については、当院の過去の慢性腸症のブログでもご紹介したように、腸内細菌叢の異常(ディスバイオーシス)、胆汁酸代謝異常、腸管バリア機能障害、粘膜免疫の異常など、複数の要因が相互に影響し合うことで発症すると考えられています。
今回のガイドラインでも、これらが単独ではなく連続的なスペクトラムとして存在し、慢性的な腸炎を形成することが強調されています。
つまり、CIEは単純に「免疫が暴走している病気」ではありません。そのため、「免疫を抑えること=治療」ではなく、食事管理による抗原刺激の軽減、腸内細菌叢(マイクロバイオーム)の正常化、そして免疫反応の適切な制御という3つの側面をバランスよく管理していくことが重要となります。
CIEの診断

CIEの診断についても基本的には除外診断という流れは変わりませんでしたが、今回のガイドラインでは診断時に「CIBDAI」「CCECAI」を必ず評価することが推奨されています。
CIBDAIやCCECAIは、慢性消化器症状をスコア化することで重症度を評価する指標です。

臨床的にはCIBDAI(CCECAI)を6点を目安に、それ以下のものを軽度、それ以上のものを中等度〜重度として判断します。
また、CIBDAIおよびCCECAIは、治療に伴ってスコアが低下することが知られており、治療反応の客観的評価に有用です。
一般的には、
- スコア改善率25%未満:無反応
- スコア改善率25〜75%:部分反応
- スコア改善率75%超:完全反応または寛解
と評価されます。
治療前後で同じ指標を継続的に記録することで、症例の経過を客観的に把握できます。
CIBDAIやCCECAIは「診断のためのスコア」というよりも、「現在どれくらい重症なのか」「治療が効いているのか」「予後はどうか」を客観的に評価するためのツールとして活用するのが最も実践的です。特にCCECAIは、今回のACVIMガイドラインでも重症度評価の中心的指標として位置付けられています。
診断・治療のフローチャート
次の図は今回のガイドラインをもとに生成した、慢性炎症性腸症(CIE)の診断〜治療フローチャートです。

今回のガイドラインでは、CCECAIをベースに臨床症状から、慢性炎症性腸症(CIE)を軽症例(CIE-Ⅰ)と中等度〜重症例(CIE-Ⅱ)に分類して対応する事が示唆されています。
軽症例(CIE-Ⅰ):試験的食事療法
臨床的に軽症例(CIE-Ⅰ)の症例では、可能な限り食事療法を最初の治療として実施すべきとされています。
食事療法はそれぞれ療法食を少なくとも2週間単独で給与し、反応性がない場合には異なるカテゴリーの療法食を用いた試験を最低3回は行うことが推奨されています。
どの療法食を優先するかは、詳細な食事歴および消化器症状の特徴を考慮して決定します。
例えば、
- 小腸性下痢:加水分解蛋白食または新奇蛋白食
- 大腸性下痢:高繊維食、加水分解蛋白食
- 低アルブミン血症:低脂肪食
のように使い分けます(諸説あり)
食事療法のみで十分な寛解が得られない場合には追加検査を検討しますが、その際も最も臨床症状の改善に寄与した食事を継続することが推奨されます。
また、アレルゲン特異的免疫グロブリン検査(いわゆる食物アレルギー検査)においては、犬のCIEの診断や食事選択に有用であることを示す十分なエビデンスがないため、今回のガイドラインでは実際の除去食試験が依然として標準的な診断アプローチとして考えられています。
中等度〜重症例(CIE-Ⅱ):さらなる除外診断
中等度〜重症例(CIE-Ⅱ)が疑われる犬では、疾患重症度の評価および類似疾患の除外を目的として以下の検査を実施します。
- 腹部超音波検査:腫瘍性疾患(特に大細胞性リンパ腫)および腸管壁異常の検出
- コバラミン(ビタミンB12)
- 膵特異的リパーゼ:膵炎
- トリプシン様免疫反応(TLI):膵外分泌不全
- 安静時血清コルチゾール濃度:非定型アジソン病
また症例によっては、
- 胆汁酸負荷試験
- ACTH刺激試験
- 葉酸(ビタミンB9)測定
- 凝固系検査
の実施も検討されます。
内視鏡検査のタイミング
今回のガイドラインでは、慢性炎症性腸症(CIE)に対して「ルーチンで内視鏡検査を行う」のではなく、どのタイミングで内視鏡検査を検討すべきかについても言及されています。
内視鏡検査を検討する状況(※CIE-Ⅱで類症鑑別した上で)
- 重症例(顕著な体重減少、食欲不振など)
- 低アルブミン血症
- 超音波検査で腸管壁構造異常が認められる場合
- 複数の食事療法に反応しない場合
- 腫瘍性疾患を除外したい場合
特に、低アルブミン血症・顕著な体重減少・重度の食欲不振・腸管壁構造異常などを伴う症例では、早期に内視鏡生検へ進むことが推奨されます。
「慢性炎症性腸症=すぐ内視鏡」ではない理由
慢性炎症性腸症と聞くと、「まず内視鏡検査」と考えられがちです。しかし、内視鏡生検で得られた組織学的所見だけでは、食事反応性腸症と免疫抑制剤反応性腸症を明確に区別することは困難です。
そのためガイドラインでは、内視鏡検査に先立って適切な食事療法試験を実施することが推奨されています。
内視鏡検査を行う際のポイント
また、内視鏡検査を実施する場合には、上部消化管(胃〜十二指腸)だけでなく、下部消化管(回腸〜結腸)も含めた包括的な評価が推奨されています。
実際には、上部消化管と下部消化管で異なる組織病理学的病変が認められる症例も少なくありません。
治療法
まず行うべきは食事療法
軽症例(CIE-Ⅰ)においては試験的な食事療法が推奨されておりますが、中等度〜重症例(CIE-Ⅱ)においても内視鏡検査を行う前の精査と並行して食事療法の開始が推奨されています。
内容としては、加水分解食(高消化性タンパク食)、消化器療法食(低脂肪、高繊維食)、新規タンパク食などが推奨されます。重要なポイントとしては、食事療法はそれぞれ療法食を少なくとも2週間単独で給与し、反応性がない場合には異なるカテゴリーの療法食を用いた試験を最低3回は行うことが推奨されています。
実際に食事反応性CIEでは60-80%以上が食事のみの介入で改善が認められると言われています。
マイクロバイオーム調整
抗生剤の位置づけ
これまで慢性腸症(CE)では、「抗菌薬反応性腸症(ARE:antibiotic-responsive enteropathy)」という概念が広く用いられてきました。しかし、今回のACVIMガイドラインでは、この考え方は大きく見直されています。
過去には、食事療法で十分な改善が得られなかったCIE犬に対し、タイロシン、メトロニダゾール、リファキシミンなどの抗菌薬を投与することで、85〜100%の症例で短期的な部分寛解あるいは完全寛解が得られたと報告する研究も存在します。
しかし、これらの研究の多くは症例数が少なく、追跡不能例も少なくありません。また、無作為化比較試験などの質の高いエビデンスは限られており、効果を過大評価している可能性も指摘されています。保守的に評価した場合、追跡不能例は治療失敗として扱うべきであり、実際の有効性は報告より低い可能性があります。
こうした背景から、今回のガイドラインでは抗菌薬をCIEの標準治療として位置づけておらず、食事療法やその他の治療で十分な効果が得られなかった場合に限定して検討すべき治療選択肢とされています。
プロバイオティクスの位置づけ
プロバイオティクス、プレバイオティクス、シンバイオティクスによるマイクロバイオーム調整は、CIE治療において理論的に魅力的なアプローチです。腸内細菌叢の異常(ディスバイオーシス)がCIEの病態に関与していることから、その改善を目指す治療として期待されています。
これまでにも様々な製剤が研究されてきましたが、使用された菌株や製剤、対象症例、評価方法が大きく異なることに加え、多くの研究で症例数が不足しているため、一貫した結論には至っていません。
一方で、安全性や忍容性は概ね良好であり、補助療法として利用しやすいという利点があります。
その中でも、8種類の菌株から構成される「De Simone Formulation(デシモーネ配合)」については比較的エビデンスが蓄積されており、ガイドラインでは食事療法試験に反応しなかった犬に対して検討できる可能性があると記載されています。ただし、その推奨度は「条件付き推奨」に留まっており、現時点では強く推奨される治療ではないことも併せて理解しておく必要があります。
コラム:サイボミックス®(SivoMixx®)とVSL#3の関係
日本国内販売されているサイボミックス®(SivoMixx®)は、かつて多くの研究で使用された高濃度プロバイオティクス製剤「VSL#3」のオリジナル処方(De Simone Formulation:デシモーネ配合)をもとに開発された製品です。実は2016年頃を境にVSL#3の製剤内容は変更されており、現在販売されているVSL#3は過去の研究で使用されたものとは異なる製品とされています。そのため、犬の慢性腸症(CE)において「VSL#3が有効だった」と報告された論文の多くは、実質的にはDe Simone Formulationに対するエビデンスと考えるべきです。サイボミックス®はこのオリジナル処方を受け継ぐ製品の一つであり、腸内細菌叢の改善を目的とした補助療法として注目されています。
糞便微生物叢移植(FMT)の位置づけ
CIE犬を対象とした2つのRCTでは、経口FMTと直腸FMTの有効性が評価されています。しかし、いずれの研究でも臨床スコアの改善はプラセボ群との優位差を示せませんでした。一方でα多様性の増加や腸内細菌叢の正常化といった微生物学的変化は確認されています。
また、後ろ向き研究では、直腸FNTを受けた犬の86%、経口FMTを受けた犬の74%でCCECAIスコアの改善が認められています。
そのため、
FMTは標準治療として推奨できる段階にはないものの、他の治療に反応しない難治性症例に対する補助療法として期待される治療法
と現時点では考えられています。
免疫調整治療
昔は盲目的にステロイドが使用されるケースも見られましたが、適切な除外診断・適切な食事療法(±プロプレバイオティクス使用)に対して部分的な反応しか得られない、あるいは反応が見られないCIE犬(PLEの有無を問わない)症例において、導入治療として次の免疫調整療法を実施するべきとされています。
- プレドニゾロン
- 25kg未満:1~2 mg/kg PO 24時間ごと
- 25kg以上:20~40 mg/m² PO 24時間ごと
- 2~3週間投与後、臨床反応に応じて漸減
または
- ブデソニド
- 3~7kg:0.5~1 mg PO 24時間ごと
- 7~15kg:1~2 mg PO 24時間ごと
- 15~30kg:2~3 mg PO 24時間ごと
- 30kg超:3~5 mg PO 24時間ごと
- 少なくとも3~4週間投与し、その後臨床反応に応じて漸減
より重症例では、
- クロラムブシル( 2~4 mg/m² PO 24時間ごと)
あるいは
- シクロスポリン(3〜5mg/kg PO、12〜24時間ごと)
の併用も検討されます。シクロスポリンの場合は少なくとも6週間投与し、通常はステロイドから先に減量します。
また、過去の食事療法で部分的な改善が得られていた場合には、その食事を併用し、免疫抑制療法終了後も継続することが推奨されます。
また、プレドニゾロンを使用する際には
- 筋萎縮
- 血栓塞栓症
- 糖尿病
などの副作用リスクを考慮する必要があります。
まとめ
2026年に発表されたACVIMガイドラインは、犬の慢性炎症性腸症(CIE)の診断と治療の流れを大きく整理したコンセンサスステートメントです。
主なポイントは以下の通りです。
- 「IBD(炎症性腸疾患)」という用語の使用は避け、「慢性炎症性腸症(CIE)」として病態を捉える
- CCECAIを中心とした重症度評価に基づいて診断・治療方針を決定する
- CIE-Ⅰ・CIE-Ⅱのいずれにおいても食事療法は治療の基盤となる
- 原則として内視鏡検査よりも食事療法の反応性評価を優先するが、低アルブミン血症や重度の体重減少など全身状態によっては早期の内視鏡検査を検討する
- 内視鏡検査を行う場合は、上部消化管だけでなく下部消化管からの生検も推奨される
- 1種類の療法食で反応が得られなくても治療失敗と判断せず、異なるカテゴリーの食事を複数回試すことが推奨される
- マイクロバイオームの調整は重要な治療戦略と考えられているが、現時点では高いエビデンスに基づく標準的手法は確立されていない
- 免疫調整治療はすべての症例に必要なわけではなく、適切な除外診断と食事療法を行っても改善がみられない、あるいは部分反応にとどまる症例で検討する
今回のガイドラインは、「まず食事療法を徹底し、それでも改善しない症例に対して段階的に治療を強化していく」という考え方をより明確に示したものといえるでしょう。
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