犬の消化管型リンパ腫の診断について

はじめに
消化管は外部からの食物や病原微生物などの抗原刺激を受ける組織であり、身体の免疫細胞の約70%が消化管に備わっていると言われています。それゆえに、消化管は免疫の暴走やエラーが起こりやすく、慢性的な炎症(炎症性腸疾患)や腫瘍(消化管型リンパ腫)が生じやすいです。
近年の小動物臨床では高性能の超音波検査機器や内視鏡装置が使用されている事から、以前よりも消化管型リンパ腫の診断率が向上している可能性が高いと思われます。一方で、犬の消化管のリンパ腫に関する情報は限られており、WHO分類(リンパ腫の国際的な病理組織学的な分類)による病型分類は確立されていないため、臨床情報をまとめた消化管型リンパ腫の論文は様々の病型のリンパ腫が混在しているのが現状です。そのために、各々の消化管型リンパ腫の治療に関するエビデンス(信頼性のある情報・証拠)が少なく、確立された投薬プロトコール(使用する薬剤をどのタイミングで投与すべきかを記したもの)がありません。
この記事では、これまでに明らかになっている消化管のリンパ腫に関しての記述と診断について解説していきます。
リンパ腫とは?
リンパ腫は、「リンパ球」と呼ばれる身体の免疫系を担当する細胞の「がん」の事を言います。リンパ球は免疫系の司令塔的な役割があり、細胞同士がコミュニケーションを取る上での情報伝達物質となるサイトカイニンや、免疫反応の中心を担うグロブリンなどを絶妙なバランスのもと生成します。このリンパ球が腫瘍化する事でサイトカイニンやグロブリンが無秩序に産生され、全身に過剰な炎症や免疫力の低下、多臓器の機能不全などを引き起こします。リンパ球は全身に存在しますが、特にリンパ節・脾臓・腸管・骨髄・扁桃腺などのリンパ組織では多く含み、体内で免疫を担う重要な役割を果たしています。
「消化器型リンパ腫」は解剖学的形態から、消化器(消化管、肝臓、膵臓、腸間膜リンパ節)に腫瘍細胞が浸潤することにより特徴づけられるリンパ腫を指します。その中でも消化管に限局したものを「消化管型」リンパ腫として記載します。
消化管型リンパ腫の分類
リンパ腫を臨床現場で分類する際は新Kiel分類と呼ばれる分類法を一般的に用います。リンパ腫の細胞形態から大細胞性(低分化型)・小細胞性(高分化型)、免疫学的な表現タイプよりB細胞性とT細胞性に分類されます。

消化管型リンパ腫においても臨床的にはこの分類の表記を用いており、大細胞性や小細胞性と表現されます。一方で、動物腫瘍WHO分類(リンパ腫の国際的な病理組織学的な分類)による病型分類は十分に確立されていないため、一概に消化管型リンパ腫と言っても様々の病型のリンパ腫が混在していると考えられているます。近年では、大腸の濾胞性リンパ腫(大細胞性B細胞性リンパ腫)、小腸の退形成性リンパ腫(大細胞性T細胞性リンパ腫)、小腸の細胞障害性リンパ腫(小細胞性T細胞性リンパ腫)などに細分類している論文も報告されており、将来的には人と同様にそれぞれの病態、有効な治療法、予後が明らかになってくるかもしれません。
犬の消化管型リンパ腫でわかっている事
犬の消化管のリンパ腫に関して、以下の事について明らかになってきています。
- 胃原発のリンパ腫の発生は極めて少ない
- 小腸のリンパ腫の発生が最も多い
- 小腸のリンパ腫はT細胞性のものが多く、大細胞性と小細胞性がある
- 大細胞性は貫壁性(粘膜下組織を貫通して浸潤する)のものが多く、画像検査で判断しやすい
- 小細胞性は上皮向性(腸絨毛の先端に向かって増殖する)ものが多く、画像検査で異常がない症例もある
- 大細胞性リンパ腫でも稀にびまん性に浸潤する症例があり、画像検査で異常が見られない症例もいる
- 小腸原発の大細胞性T細胞性リンパ腫は極めて予後が悪いことが多い
- 小腸原発の小細胞性T細胞性リンパ腫の予後は要注意であり、稀に治療経過中に大細胞性リンパ腫を発症することがある
- 大腸においては大細胞性B細胞性リンパ腫のものが多く、抗がん剤治療への反応性が良い
- ミニチュアダックスでは小腸〜大腸に大細胞性B細胞性リンパ腫もしくはMott Cellへの分化を伴うB細胞性リンパ腫を発生する事があり、治療により長期間の生存可能な症例がいる
- 柴犬は難治性の慢性腸症を好発する犬種であり、慢性腸症からリンパ腫に移行する可能性が考えられている
診断手順
症状
臨床症状は様々ですが、一般的には慢性的な消化器症状が認められます。これは慢性腸症と同様です。下痢、嘔吐、食欲低下(食ムラも含む)、体重減少、腹水貯留などが見られ、対症療法への反応もイマイチもしくは休薬後に症状を繰り返すケースが多いです。「リンパ腫」とは言ったものの体表のリンパ節が腫大してくることはほとんどありません。
関連記事:犬猫の繰り返す下痢!?慢性腸症について
血液検査
消化管型リンパ腫を特定する、もしくは強く疑いを持つような血液検査項目はありません。小腸リンパ腫で蛋白漏出性腸症となっている症例ではアルブミンの低下が認められる事があり、アルブミンが低い事により血栓リスクが高くなります。その他、消化吸収不良によりコレステロール値の低下、BUNの低下が認められることもあります。特殊検査で血中コバラミン濃度が低下している場合、少なくとも小腸での吸収不良が疑われるため、消化管疾患が存在するという根拠の1つとなります。
犬の慢性腸症と小腸リンパ腫は人のセリアック病(小麦に含まれるグルテンに反応して慢性的な腸炎や小腸リンパ腫を発症する病気)と臨床経過や病理組織像が類似していると言われております。人のセリアック病の診断マーカーであるグリアシンとtTGに対するIgA抗体価は、健康な犬と比較して慢性腸症と小腸リンパ腫の犬で優位に高かったという報告もあります。これは人と同様に犬も小麦に含まれるグルテンに反応し、同様な病態へと至る可能性がある事を示唆しています。
超音波検査
大細胞性リンパ腫では、腸壁の5層構造の消失(貫壁性)を伴う腸壁の肥厚もしくは腫瘤の形成がみられる事がほとんどです。しかし、稀にびまん性に浸潤する症例もおり、あまり特徴的な画像所見がない場合があります。よって超音波検査で目立った所見がなくても、治療に反応しない消化器症状がある場合には組織生検を行い、病理検査で確認する必要があります。

一方で小腸の小細胞性リンパ腫の場合は、慢性腸症(炎症性腸疾患など)と酷似した画像パターンを呈するため、これら2つをエコー検査で鑑別する事は難しいと思われます。炎症性腸疾患と比較して小細胞性リンパ腫の方が、空腸リンパ節が腫大する傾向があるという報告はあります。

細胞診
貫壁性・腫瘤形成タイプの病変の場合、針生検による細胞診で大型リンパ球が多数採取されれば大細胞性リンパ腫の可能性が高いと判断されます。しかしながら、細胞診で大細胞性リンパ腫の所見が得られなくても、大細胞性リンパ腫を除外できないことに注意が必要です。
小細胞性リンパ腫では腫大した空腸リンパ節の針生検で細胞診をおこなっても小型リンパ球が採取されるため、診断的な所見は得られません。また、小細胞性リンパ腫は上皮向性(腸絨毛の先端に向かって増殖する)のため、腸管そのものを針生検しても診断的な所見は得られません。小細胞性リンパ腫の診断には内視鏡生検もしくは開腹下生検が必要です。
内視鏡生検
超音波検査で空腸中央部のみの病変が見られる場合は、内視鏡スコープが届かないために内視鏡下生検は不適となりますが、それ以外の症例で消化管型リンパ腫の可能性があれば、内視鏡生検が適応となります。また、慢性腸症や小細胞性リンパ腫が疑われる場合、消化管全体に病変が広がっている事が多いと考えられているため、内視鏡生検は有益な情報を提供してくれます。特に、全身状態が悪い症例やアルブミン値が極端に低い症例では、後述する開腹下生検のリスクが高くなるため、内視鏡生検が有効です。
開腹下生検
局所性の腫瘤性病変などが見られる場合には外科的な切除摘出が検討されます。ただし、開腹した際に広範囲な癒着や巻き込みなどで切除摘出ができない場合は一部位の楔形生検のみを行います。消化管に腫瘤や肥厚病変を形成しないびまん性のリンパ腫を疑う症例においては、複数箇所のパンチ生検を実施します。適切なサンプル数や方法は明らかになっていませんが、術中に超音波検査を用いて疑わしい箇所をサンプリングする事があります。
まとめ
犬の消化管型リンパ腫は比較的多く遭遇する疾患ですが、まだ確立された情報が少ない疾患です。今後は消化管型リンパ腫の病型をWHO分類などを基に細分類していくことが重要で、これができれば、それぞれの病態・有効な治療法・予後が明らかになってくるかもしれません。治りづらい下痢などの消化器症状がみられる場合には湘南Ruana動物病院までご相談ください。