FIP(ドライタイプ)に類似する疾患について

猫伝染性腹膜炎(FIP)は、猫にとって非常に危険で致死的な疾患であり、飼い主様にとっては「FIP」と診断される事は余命宣告を受ける事と同じ気持ちになるかと思います。
それ故に、獣医師にはより的確な診断力が求められます。FIPは猫コロナウイルス(FCoV)の体内変異が原因とされており、腹水や胸水が蓄積する「ウェットタイプ(湿性型)」と肉芽腫性炎症を発生させる「ドライタイプ(乾性型)」に分かれます。ドライタイプでは、液体の蓄積は見られませんが、内臓や神経系に炎症が生じ、非特異的な症状が現れるため診断が難しいことがあります。ドライタイプはウェットタイプに比べて進行が遅く、初期段階では他の病気と類似した症状を示すことがあるため、鑑別診断が重要になります。本記事では、FIP(ドライタイプ)と類似する症状を示す疾患について解説します。

FIP(ドライタイプ)の特徴

ドライタイプは、ウェットタイプと異なり、液体が腹部や胸部に溜まることはありません。(厳密にはウェットとドライが混在するタイプはあります。)
代わりに、内臓や神経系に炎症が発生し、慢性的な経過を辿ります。
ウェットタイプでは通常2〜4週間で危機的状態となる一方でドライタイプは2〜6ヶ月ほどの期間があります。ウェットタイプと比較すると時間的猶予はありますが、その分、類症鑑別が多い事も特徴的です。
FIPの典型的な症状としては「抗生物質に反応しない4日以上続く発熱」が認められ、これに伴い食欲不振や嘔吐・下痢、活動性低下、頻呼吸といった症状も認められます。

上記症状に加え、次のような症状・検査所見が認められる場合もあります。

FIP(ドライタイプ)で認められる症状・検査所見

神経症状

FIPは脳や脊髄にも影響を及ぼすことがあり、特に協調運動障害・運動失調(歩行の不安定)といった神経症状は起こりやすい印象を受けます。その他にも痙攣発作、麻痺、眼振(目の横揺れ)などの神経症状があらわれることがあります。

眼の症状

眼の内側の炎症(ぶどう膜炎)が認められます。虹彩が赤くなる「レッドアイ」は有名で、視力の低下・瞳孔の異常などが現れることがあります。

黄疸

眼の強膜(白目のところ)や口の粘膜や薄い皮膚が黄ばんで現れます。血液検査においてはビリルビンの上昇が認められます。

貧血

中期〜後期に進行したFIPにおいては赤血球の再生が見られない貧血(非再生性貧血)が認められます。

腸間膜リンパ節の腫大

消化器症状を呈している症例では特に腸間膜リンパ節(空腸リンパ節や右結腸リンパ節など)の腫大が認められます。若齢動物の場合、正常でも比較的サイズが大きいため評価には注意が必要です。

腎臓周囲の低エコー帯

両側腎臓の腫大および腎皮膜領域に低エコー帯を認められる事があります。

腸管壁の偏在性結節

大腸・回盲部・空腸に層構造の崩壊を伴わない/伴う偏在性の筋層の肥厚〜結節性病変を認める事があります。

FIPは若齢猫に多いですが、高齢猫においても認められます。ドライタイプは一般的には緩徐な進行とされますが、神経症状を呈する症例においては進行が早いため、迅速な判断と早期治療介入が求められます。

鑑別疾患

ドライタイプのFIPは主に眼・脳や脊髄・腎臓・リンパ節・肝臓・肺などに肉芽腫性炎症を引き起こすことが特徴です。これらの部位における炎症や線維化が病変を形成し、臨床症状を引き起こします。それぞれの臓器に関連する鑑別疾患があるので、そこに注視して見極める事が大切です。ここではドライタイプのFIPと症状が類似する代表的な疾患を紹介します。

感染症

・猫ウイルス性鼻気管炎

いわゆる「猫風邪」と呼ばれる疾患で若齢猫に多く見られます。原因ウイルスは猫のヘルペスウイルスで、感染猫のくしゃみ、分泌液などから感染します。このウイルスにかかると最初の3-4日で急に元気・食欲がなくなり、熱も上がります。その後は鼻水が出るようになり、くしゃみも激しくなります。目も涙眼になって、結膜炎がおこります。症状が始まってから3-4日で一番病気は激しくなり、通常はその後1週間位で回復します。初期症状がFIPと類似するため、誤診に注意が必要です。

・トキソプラズマ症

発熱・黄疸・神経症状・腹水などの一般的な症状がFIPに類似します。FIPと比較すると本疾患の発生頻度は低いですが、特に若齢猫の神経症状ではFIPとリンパ腫に加え、トキソプラズマ症は上位鑑別に上がります。トキソプラズマに対する抗サイログロブリン抗体の上昇を持って判断します。

・抗酸菌症

発熱・リンパ節の腫脹・ぶどう膜炎・呼吸器症状など一般的な症状がFIPに類似します。FIPとの相違としては通常A/G比(アルブミンとグロブリンの比率)は低下しません。画像検査やPCR検査や培養検査で評価します。

【全身性抗酸菌症 症例のレントゲン画像】

・ヘモプラズマ感染症

赤血球に感染してこれを破壊します。赤血球が溶血される事により、貧血・黄疸・発熱といったFIPと類似した症状が認められます。PCR検査での確認が一般的です。

・猫エイズ/猫白血病ウイルス感染症

免疫力の低下や慢性の全身症状を引き起こし、FIPと類似する症状が認められる場合があります。また、FIP発症のリスク因子にもなります。院内キッドでの判定が一般的です。

自己免疫性・炎症性疾患

・自己免疫性溶血性貧血(IMHA)

免疫細胞が自身の赤血球を異物と見做し、これを破壊します。赤血球が溶血される事により、貧血・黄疸・発熱といったFIPと類似した症状が認められます。

・リンパ球性胆管肝炎

食欲不振・黄疸・発熱などの一般的な症状がFIPに類似します。血液検査や画像検査、胆嚢または肝臓の穿刺吸引細胞診(FNA)や肝臓生検、病理学的検査で評価します。

・腎盂腎炎

食欲不振・発熱などの一般的な症状がFIPに類似します。細菌性膀胱炎が上行感染し、腎盂腎炎となります。そのため、尿検査・血液検査・画像検査などから総合的に判断します。

・脳炎や髄膜炎などの神経疾患

当然ではありますが脳炎や髄膜炎などの中枢神経系の疾患も運動失調や痙攣発作といった神経症状を引き起こします。MRI検査やCSF検査など特殊な検査が必要になります。

腫瘍性疾患

・リンパ腫

発症部位によって様々な症状が見られ、神経症状、発熱、黄疸などFIPと類似する症状も認められます。また、リンパ節の腫大腎臓周囲の低エコー帯形成といった画像所見も類似するため、慎重な判断が必要です。画像検査や生検が診断に有用です。

【リンパ腫 症例の超音波検査像】

まとめ

FIPドライタイプを診断するには上記のような疾患を除外していかなければなりません。言い換えると、上記疾患を考慮する場合にはFIPのドライタイプである事も鑑別疾患として常に意識しなければなりません。ただ、やみくもに検査を実施することは、猫ちゃんへの身体的負担と飼い主様への経済的負担が余計にかかってしまうため避けるべきです。大切なことは、猫ちゃんのプロフィール、飼い主様からのお話、十分な身体検査、臨床検査(画像検査、血液検査)などベッドサイドで可能な検査を最大限に活用し、的確に鑑別すべき疾患を絞りこむ事に限ります。湘南Ruana動物病院ではFIPの診断・治療を積極的におこなっております。茅ヶ崎・藤沢エリアでFIPに関してお悩みの方は湘南Ruana動物病院までお問い合わせください。

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