猫と犬の慢性腸症の違いについて
慢性腸症(Chronic Enteropathy;CE)は下痢や嘔吐などの消化器症状が長期に渡り続く疾患群を言います。消化器系の働きが正常に機能しなくなることで、下痢や嘔吐が続いたり、栄養吸収不良により体重が減少したりします。慢性腸症は、犬と猫のどちらにも見られる病気ですがその症状や臨床所見において違いがあります。今回は犬と猫の慢性腸症の違いについて、特に低アルブミン血症を中心に詳しく解説します。
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症状の違い
犬も猫も3週間以上、下痢や嘔吐などの消化器症状が続く症候群を慢性腸症と呼びます。しかし、犬と猫で慢性腸症の症状にはいくつか違いがあります。どちらも胃腸に関連する症状を示しますが、それぞれの動物の特徴に応じて現れ方が異なります。
犬の慢性腸症の主な症状には、次のようなものがあります:
- 下痢:特に脂肪分を多く含んだ食事やストレスが引き金となり、持続的な下痢が見られます。
- 嘔吐:食事後に嘔吐することが多く、胃腸が不安定になると頻繁に嘔吐が繰り返されます。
- 食欲不振:腸の炎症が続くことで食欲が落ちることがあり、飼い主が気づく最初の兆候の一つです。
- 体重減少:消化吸収が不完全になるため、栄養不足から体重が減少します。
猫の慢性腸症も犬と似た症状を示すことが多いですが、少し異なる点もあります:
- 食欲不振や過食:猫の場合、食欲が低下することもあれば、逆に食欲が異常に増加することもあります。
- 体重減少:食欲不振や栄養吸収不良が原因で体重が減少することがよく見られます。
- 便秘と下痢の交互発生:便秘と下痢が交互に見られることがあり、腸内の動きが不安定になることが一般的です。
- 嘔吐:嘔吐が頻繁に見られることもあります。猫の場合、毛玉が原因となることも多いですが、慢性腸症も一因となることがあります。
共通する症状としてよく見られるものは食ムラと体重減少かと思います。また、犬では下痢症状、猫では嘔吐症状でご来院されるケースが多い印象です。
低アルブミン血症のなりやすさの違い
アルブミンは肝臓で合成される主要な血漿蛋白質であり、血液の膠質浸透圧を維持し、栄養素の運搬や体液バランスに重要な役割を果たします。低アルブミン血症になると血液の浸透圧の維持ができなくなり、胸水や腹水の貯留、粘膜浮腫、血栓形成傾向、栄養素や薬剤の運搬が困難となります。重症の場合、これが原因で亡くなってしまう事もあります。慢性腸症による低アルブミン血症は、腸からの過剰なタンパク質漏出や栄養吸収不良によって引き起こされることが多いですが、猫と犬ではその進行に差があります。猫は犬ほど慢性腸症による低アルブミン血症に至らない傾向があります。猫が犬ほど慢性腸症による低アルブミン血症に至らない傾向にある理由については、いくつかの生理学的な違いや疾患の病態の違いが関与しています。
1. 腸の構造と機能の違い
猫と犬では腸の構造や機能に違いがあります。特に猫は肉食動物であり、犬は雑食性です。この違いは、消化器系の運用や腸内でのタンパク質や栄養素の処理に影響を与えます。
- 猫の腸管は比較的短く、消化が効率的です。肉食性である猫は、動物性タンパク質の消化・吸収に特化した腸構造を持っています。このため、慢性腸症が進行しても、腸内でのタンパク質漏出が比較的少なく、アルブミンの低下が起こりにくいと考えられます。
- 一方、犬の腸管は猫よりも長く、雑食性に適応した構造をしています。腸内でのタンパク質吸収や栄養素の処理の仕方が異なるため、慢性腸症が進行するとアルブミンの低下が進むことが多くなります。犬の方が慢性的な炎症や腸の透過性の増加により、腸内からのタンパク質漏出が発生しやすい傾向があります。
2. 腸内フローラの違い
猫と犬の腸内フローラ(腸内細菌群)は異なり、その違いが腸の健康や疾患に対する反応に影響を与えます。例えば、猫の腸内には善玉菌の一種であるビフィズス菌が比較的多く存在することが知られており、これが腸内のバリア機能を維持し、腸壁の透過性を低く保つ役割を果たしています。腸内フローラが安定していると、腸内での炎症や過剰なタンパク質の漏出が抑えられるため、低アルブミン血症に至るリスクが低くなります。
一方で、犬の腸内フローラは比較的多様性が高く、腸内フローラの乱れ(ディスバイオシス)が生じやすい傾向にあります。これが慢性腸症を悪化させ、腸内のバリア機能を弱め、プロテインロスや炎症を引き起こす原因となることがあります。その結果、アルブミンの漏出が増加し、低アルブミン血症に至りやすくなります。
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3. 腸からのタンパク質漏出の程度の違い
慢性腸症において、腸からのタンパク質漏出は低アルブミン血症を引き起こす主要な要因です。しかし、猫では犬ほど腸内からのタンパク質漏出が顕著になりにくいとされています。その理由の一つとして、猫の腸内の粘膜バリア機能が比較的強いことが挙げられます。猫は進化の過程で、消化器官のバリア機能が発達しており、腸内でのタンパク質漏出を最小限に抑えることができるため、低アルブミン血症に至ることが少ないと考えられます。
一方、犬では腸内での炎症が長期間続くと、腸粘膜の透過性が高くなり、タンパク質が腸管を通じて漏れやすくなることがあります。これが慢性腸症における低アルブミン血症の一因となることがあります。
4. 免疫応答の違い
猫と犬の免疫系は異なる反応を示すことがあります。特に、猫は免疫応答が比較的抑制的であるのに対し、犬は過剰な免疫応答を示すことがあり、これが慢性腸症の進行に影響を与えることがあります。猫の免疫系は比較的穏やかであり、腸の炎症が強くなることが少ないため、腸内からのタンパク質漏出も抑制される傾向にあります。
一方、犬では免疫応答が過剰になり、腸内での炎症が悪化し、慢性的な腸炎や腸壁の透過性の増加を引き起こしやすくなります。このため、犬では腸からのタンパク質漏出が増加し、低アルブミン血症が発生しやすくなります。
5. 食事と消化機能の違い
猫は肉食動物であり、消化器系は主に動物性タンパク質を効率的に処理するように進化しています。これにより、猫の腸内での栄養素の吸収が効率的であり、慢性腸症があっても栄養素の吸収が著しく低下しにくいと考えられています。結果として、低アルブミン血症に至るリスクが低いのです。
一方、犬は雑食性であり、植物性食品の消化も行います。このため、腸内での消化・吸収において多くの変動があり、慢性腸症に伴う栄養吸収不良が進行することがあります。これが、低アルブミン血症を引き起こす一因となります。
猫の方が犬より腸が強いのかもしれません。しかし、肝臓機能は猫の方が敏感で、食事を取れない状態が1週間も続くと肝機能が障害され、「肝リピドーシス」という状態に陥ります。
まとめ
犬と猫の慢性腸症(CE)は、どちらも消化器系の慢性的な炎症によって引き起こされますが、症状や臨床所見にはいくつかの違いがあります。それは、腸の構造や機能、腸内フローラの違い、免疫応答の差、食性の違いなどが起因しています。猫は肉食動物として腸のバリア機能や栄養吸収能力が比較的に強炒め、犬よりも症状が隠れやすい傾向にあるのも注意が必要です。慢性腸症は、早期発見と適切な治療で症状をコントロールし、我が子の生活の質を向上させることが可能です。どちらの動物も愛情深いケアと観察が重要であり、飼い主としての役割が大きいことを忘れないようにしましょう。
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