猫のリンパ球形質細胞性腸炎(LPE)と低悪性度腸管T細胞性リンパ腫(LGITL)の鑑別と病態について

慢性腸症(Chronic enteropathy:CE)は高齢猫に最もよく見られる消化器疾患であり、狭義としては消化管以外の原因や感染、代謝性疾患がないにも関わらず、3週間以上にわたって消化器症状が持続するものと定義されています。現在の考え方では食事トライアルにより食事反応性腸症を鑑別した上で、炎症性の腸症であるリンパ球形質細胞性腸炎(Lymphoplasmacytic enteritis:LPE)低悪性度腸管T細胞リンパ腫(Low-grade intestinal T-cell lymphoma:LGITL)を鑑別することとなりますが、この2つを分類・鑑別することは簡単ではありません。また、LPEと診断された猫がその治療過程でリンパ腫へと悪性転化することも知られています。本記事ではリンパ球形質細胞性腸炎(LPE)と低悪性度腸管T細胞性リンパ腫(LGITL)の病態について比較し、鑑別方法や診断のアプローチについて詳述します。

LPEとLGITLの病態

リンパ球形質細胞性腸炎(LPE)とは

LPEは慢性的な腸管の炎症性疾患であり、その原因としては食物アレルギー、寄生虫、感染症、または免疫異常が関与することが多いです。慢性の免疫応答が続くことにより、腸管の免疫系が長期間にわたって刺激され、炎症が繰り返されることになります。

低悪性度腸管T細胞性リンパ腫(LGITL)とは

低悪性度腸管T細胞性リンパ腫(LGITL)は、猫の消化器系に発生する悪性腫瘍で、通常は腸管のT細胞から発生します。一般的に多くのリンパ腫は悪性度が高く急速に進行することが多いですが、LGITLはその名の通り低悪性度であり、比較的緩やかに進行します。LGITLも腸管における免疫系の異常な活性化に関連していますが、こちらは腫瘍性の免疫細胞(T細胞)が増殖し、悪性化することで病態が進行します。免疫系の異常な反応(例えば免疫監視の失敗や過剰な免疫反応)がLGITLの発症に関与している可能性があるため、LPEのような慢性の免疫刺激がLGITLに進行するリスク要因となるのではないかという仮説も立てられています。

一部の研究者は、LPEが長期的に続くことによって、腸管の免疫環境が変化し、その結果としてリンパ球が腫瘍性の細胞に変異し、LGITLに進行する可能性があるのではないかと考えています。すなわち、LPEが持続することが、免疫系に対する過剰な刺激や不安定性をもたらし、最終的に悪性腫瘍を引き起こすというメカニズムです。

ただし、現時点では、LPEからLGITLへの進行が確実に認められるわけではなく、これらの病態が必ずしも因果関係を持つわけではありません。(筆者は肯定的な意見である。)

LPEとLGITLの臨床症状の比較

LGITLとCEは、いずれも猫における慢性的な消化管症状を引き起こすため、いずれかを鑑別するような特徴的な症状はありません。

症状の種類

体重減少はLPE・LGITLのいずれにおいても最も一般的な症状であり、80〜90%程度でみられます。しかし、この体重減少は数週間〜数ヶ月にかけて徐々に進行する事も多く、飼い主様が認識できないケースもあります。また、吸収不良がある場合には食欲亢進状態を示す場合もあります。

体重減少以外の臨床兆候としては嘔吐(70〜80%)食欲不振(60〜70%)が認められ、50%ほどで下痢が認められます。下痢のない腸炎やリンパ腫もよくみられ、下痢がないからといってこれらを除外する事はできません。

ある報告では、下痢を呈する場合、小腸性の特徴を持った下痢はLPEで27%、LGITLで64%であり、LGITLの方が小腸性下痢を示しやすい傾向にありました。一方で大腸性の特徴を持った下痢はLPEで27%、LGITLで18%と優位差は見られませんでした。

反応性

LPEは治療に対して比較的反応が良好であり、免疫抑制剤や食事療法(特に制限食)により症状が改善することがあります。一方、LGITLは治療が難しくなるケースも多く、化学療法も含めた包括的な治療管理が必要となります。それゆえにこれら2つをしっかりと鑑別診断し、治療反応性や予後の違いを理解し、治療選択肢を吟味することが重要となります。

診断方法

LGITLとCEの鑑別には、いくつかの診断手段が必要です。最も重要なのは、病理組織学的検査を行うことです。

▼血液検査

両者で血液検査の結果に大きな違いはありません。犬の場合は低アルブミン血症が強く出る傾向にありますが、猫は解剖学的・生理学的な特徴などからこれに至りづらい事も特徴的です。慢性腸症(CE)の除外診断のために血液検査や糞便検査、糞便PCR検査などは実施します。また、症状が軽症の場合には食事反応性試験を実施します。

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▼超音波検査

腹部超音波検査では、小腸壁における筋層の肥厚が認められるケースがあります。しかし、筋層の肥厚はLPEとLGITLのいずれにも認められる事や、老齢猫の正常でも認められる事があるなどから、両者を鑑別できる所見とは言えません。ただし、(LPEとLGITLの鑑別とはなりませんが)十二指腸における筋層の肥厚は異常所見なので、内視鏡検査へ進める根拠となります。腹部超音波検査を用いてLPEとLGITLを鑑別しようとする研究が数多くありますが、その結果は様々であり、鑑別することは大変困難であると思われます。一部の報告ではLGITL猫の空腸リンパ節はPLE猫と比較して、より厚く、丸みを帯びており、高エコー源性のリンパ節周囲脂肪に囲まれていることが多い(LGITL:70%、LPE:18%)と報告されています。この報告では軽度の腹水貯留の存在はLGITLの最終診断と関連する傾向があると示唆されています。

【病理検査でLGITLと診断のあった猫】

▼内視鏡検査と生検

内視鏡による生検が最も確実な診断方法です。内視鏡検査で生検した組織を病理組織学的検査にて調べます。LPEとLGITLにおいて内視鏡における肉眼的な大きな変化は認められないことも多いです。

【病理検査でLPEと診断のあった猫】

▼病理組織学的検査

LGITLの病変の分布は一様ではなく、腸絨毛の先端部に限局している事が多いです。粘膜上皮内へのリンパ球浸潤が特徴的な所見となりますが、炎症でも腸粘膜上皮へリンパ球の浸潤が認められることがあり、診断に迷う場合もあります。LPEのような炎症性病変では、多様性を示す細胞の浸潤が認められ、リンパ球以外にも形質細胞や好酸球といった炎症細胞も見られることがあります。これらは炎症性の中に腫瘍性が混在しているケースもあり、その場合は診断が非常に難しくなります。そのため、クローナリティ検査免疫組織化学染色、臨床所見や治療反応などと併せた総合的な評価が必要となります。場合によっては時期をもって再度生検を実施する事もあります。

治療法

リンパ球形質細胞性腸炎(LPE)と低悪性度腸管T細胞性リンパ腫(LGITL)のいずれにおいても慢性腸症(CE)としての治療は共通のものがあります。

食事療法

食事療法のエビデンスは多くないものの、CEと診断された猫に対して新奇蛋白食加水分解食を単独使用することで約半数の個体の臨床兆候が改善する事が報告されています。通常は14日間のトライアルを繰り返します。

抗菌剤療法

犬の慢性腸症では抗菌剤反応性腸症(抗生物質を投与する事で症状が良くなるもの)がありあすが、猫のCEにおいては明確な治療効果を示したエビデンスはありません(すなわち猫では抗菌薬反応性腸症は定義されていない)。実際には抗菌薬の投与が一定の効果を示すことがあり、特に胆管炎などの併発が疑われる場合には積極的な使用が検討されます。

LPEに対する治療法

LPEに対する免疫抑制療法としてプレドニゾロンが一般的に使用されます。初期は高用量で投与し、2〜4週間ごとに25〜50%ほどずつ減量していきます。猫は通常ステロイドの副作用に対して耐性がありますが、高血糖ならびに糖尿病の発症には注意が必要です。

プレドニゾロン使用中に糖尿病を発症する猫の90%以上が投与開始から3ヶ月以内に発症するという報告もあります。

LGITLに対する治療法

難治性LPEあるいはLGITLの場合、クロラムブシルを用いた化学療法の有効性が高いことが知られています。確立されたプロトコルはありませんが、プレドニゾロンとクロラムブシルを併用し徐々に漸減していく方法やクロラムブシルを2週間ごとに高容量で投与する方法などあります。また、1年間完全寛解が維持されている症例については投薬中止を検討することもあります。再燃焼した際には同様のプロトコルで再導入する、シクロフォスファミドやロムスチンを使用するといったレスキュープロトコルもあります。

補助療法

コバラミンは腸粘膜の成長と修復に関与しています。腸粘膜は細胞の再生が頻繁に行われる場所であり、コバラミンが不足すると、この再生過程が正常に行われなくなります。また、コバラミンは腸内細菌叢(腸内フローラ)や腸内免疫細胞や腸の神経系にも影響し、コバラミンが不足すると腸内フローラの乱れ、免疫力低下、腸管蠕動運動の低下など生じることがあります。そのため治療初期には血中コバラミン濃度を測定しつつ、週1間隔で皮下投与を行います。

猫においては下痢症状よりも嘔吐症状が多く、腸管蠕動運動が低下している事が頻繁にみられます。そのため、、メトクロプラミドといった蠕動運動改善薬の投与も検討されます。その他、ステロイドの副作用を懸念して、肝保護剤、抗血栓薬、サプリメントや漢方の投与なども考慮します。

まとめ

猫のリンパ球形質細胞性腸炎(LPE)と低悪性度腸管T細胞性リンパ腫(LGITL)は、いずれも慢性的な消化器症状を引き起こす疾患ですが、その原因、進行速度、治療方法は異なります。適切な鑑別診断を行うためには、詳細な病歴聴取、臨床検査、そして組織学的検査が必要です。どちらの疾患も早期に発見し、適切な治療を行うことが予後改善に繋がります。藤沢・茅ヶ崎エリアで猫の消化器症状でお困りの方は湘南Ruana動物病院までご相談ください。

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