迅速な治療介入が鍵となる!犬の免疫介在性溶血性貧血(IMHA)の重症度と治療について

わんちゃんが突然に元気がなくなったり、食欲が落ちたり、歯茎の色が白っぽくなったりする事はありませんか?こうした症状の裏に免疫介在性溶血性貧血(Immune-Mediated Hemolytic Anemia :IMHA)という深刻な病気が隠れている場合があります。前回に引き続き、この記事ではIMHAの重症度とそれに合わせた治療方法について解説します。

IMHAとは?

免疫介在性溶血性貧血(Immune-Mediated Hemolytic Anemia :IMHA)は、免疫システムが何らかの要因により誤作動を起こし、自分自身の赤血球を敵とみなして、攻撃・破壊してしまう病気です。赤血球は酸素を全身に運ぶ重要な役割を担っているため、赤血球が減少すると、酸素不足が身体に悪影響を及ぼし、さまざまな症状を引き起こします。

この病気は主に犬で多く見られる自己免疫性疾患の1つで、突然発症する事が多いため、早期発見と早期治療介入が重要となります。

IMHAの診断については前回の記事をご覧ください。

IMHAの重症度の評価について

犬のIMHAの死亡率は30~70%と幅のある報告がされており、初期段階で重症度を評価する事はその後の治療方針を決める上で重要です。

重症度評価を行う上で注目すべきことは、貧血の重症度(PCV%)血管内溶血か血管外溶血か血小板減少の有無ビリルビンの上昇の有無アルブミン低下の有無ALP上昇の有無などが挙げられます。特に重症例においては初期治療時における死亡率が特に高いと言われており、これらの項目を満たす症例についてはより積極的に治療を行う必要があります。また、ターゲットとなる赤血球が破壊される場所においても治療反応性や進行速度が異なると思われます。特に骨髄内の赤血球前駆細胞をターゲットとした免疫介在性貧血(PIMA)の場合、薬剤が反応するまで1ヶ月以上要するケースも存在します。

診断時には上記予後因子も考慮し、適切なインフォームの元、治療計画を立てる必要があります。これら予後因子を伴うIMHAは予後が悪く、初期導入から「即効性があり」「効果が強く」「副作用が少ない」薬剤を選択し、積極的な治療が必要となります。

IMHAの治療

IMHAは自分の免疫細胞が自身の赤血球を敵と見做し、これを破壊する病態です。そのため、過剰に暴走した免疫反応を抑制する事が治療の主軸となります。即効性のある治療薬としてはプレドニゾロンヒト免疫グロブリン製剤(ガンマガード)などが挙げられ、維持治療としては免疫抑制剤(シクロスポリン、アザチオプリン、ミコフェノール酸モフェチブ、レフルノミド、ダナソールなど)が挙げられます。また、これらの治療薬が効果を発揮するまでの時間を稼ぐ上で輸血(濃厚赤血球)が必要となるケースもあります。加えて、重度の血小板減少症(血小板数<30,000/ μL)を伴う症例を除いては、全症例において血栓予防療法も併用する必要があります。

輸血および血液製剤

IMHA罹患犬が低酸素に起因した臨床兆候を呈している場合、濃厚赤血球pRBC:ドナーより採血した血液脳内、血漿を除いたより濃縮された血液)の投与が推奨されています。濃厚赤血球は採血から保管方法まで、徹底した管理が必要となるため(維持・管理費がかかるため)、一次診療病院では取り扱っていないケースが多いと思われます。pRBCの品質として、ドナーからの採血後7〜10日以内の新鮮なものの使用が推奨されており、それ以上経過したpRBCを使用すると合併症や死亡率が上昇すると言われております。これも一次診療で取り扱いづらい要因の1つと考えられます。p RBCが利用できない場合には、代替として全血(血漿も含まれている血液)を用います。輸血を実施すべきかの判断のポイントは、臨床症状の重篤度、血中乳酸濃度、貧血の進行速度などを考慮して判断します。

IMHAの治療薬

IMHAを治療する上で、選択される薬はプレドニゾロン、ヒトアルブミン製剤、免疫抑制剤(シクロスポリン、アザチオプリン、ミコフェノール酸モフェチブ、レフルノミド、ダナソールなど)が挙げられます。これらを組み合わせて治療を行いますが、効果発現に時間差があります。以下は個人的な使用感ですが、各薬剤の効果発現時期をまとめたものです。

IMHAの重症度や予後因子を基に、各薬剤の治療効果発現期間、強度、副作用を考慮して選択していきます。

プレドニゾロン

IMHA治療における第一選択薬となります。初期は2〜3mg/kg/dayほどの高用量から導入し、反応が良好であれば2週間程度を目安に25%〜50%減量を考慮します。以前はコハク酸メチルプレドニゾロンを用いたパルス療法もおこなっておりましたが、個人的にはプレドニゾロンと大差がない使用感だったので、プレドニゾロンで導入しています。短期的な高用量の副作用として、多飲多尿高揚感多食筋肉量の減少といったものが認められ、中〜長期的な副作用として肝障害易感染性リスク血栓リスク糖尿病リスクなどが認められます。

ヒト免疫グロブリン製剤(ガンマガード:IVIG)

ヒト免疫グロブリン製剤(IVIG)は効果発現が早い事(〜3日)が特徴です。それゆえ魅力的な治療選択肢に映るかもしれませんが、生存期間に関してはその他の免疫抑制治療との併用と比較して効果に違いがないと報告されています。投与量は0.5〜1.0g/kgを6〜12時間かけて点滴します。異種蛋白であるため、複数回の使用では抗体が産生されアレルギー反応のリスクが高まります。犬では3日を超えての投与は有効性・安全性ともにわかっておりません。また、非常に高価な薬である事や保存期限が短い事もあり、取り扱っていない病院も多いかと思います。IMHA治療に関するコンセンサスでは、2剤の免疫抑制剤の併用に反応しない症例に対するレスキュー療法となるかもしれないという立ち位置の薬ですが、私は、難治性(重症、予後不良因子)が予想される場合には導入期からの使用を検討しています。

免疫抑制剤

プレドニゾロン単剤で1週間以内に顕著な改善が見られない/貧血が進行する/赤血球凝集の改善が見られない症例や予後不良と予想される重篤症例においては初期から免疫抑制剤の使用を検討します。免疫抑制剤を使用する際は作用機序の異なるものを2剤併用までとし、初期導入と維持療法に分けて考えて使用しています。

薬剤用量特徴
シクロスポリン5〜10mg/kg/bid→25〜50%減量骨髄抑制がほとんどない
薬価が高い
消化器毒性、歯肉の増生といった副作用
アザチオプリン2mg/kg/sid→1日おきで維持肝障害・骨髄抑制・消化器毒性が出やすい。
特に猫で注意
ミコフェノール酸モフェチブ10〜20mg/kg/bid副作用は少ないがアザチオプリンとの併用で重度の骨髄抑制
レフルノミド2〜4mg/kg/sid副作用は少ない。消化器毒性と肝障害の可能性

補助治療

血栓予防薬

IMHAでは、抗体で覆われた赤血球が互いにくっつき(凝集)、小さな血栓を作ります。これにより血管が詰まり、臓器への血流が妨げられ、体が血栓を溶かそうとして炎症が起こります。2002年に行われたIMHAを患う72匹の犬を調査した論文では、死亡した症例の内、約80%は剖検で血栓塞栓症が確認されたという報告があります(ただし、直接的な死因が血栓塞栓症といった訳ではありません)。また、IMHA治療においては長期間のステロイド投与が余儀なくされるケースがほとんんどであり、高容量ステロイドの投与自体が血栓形成リスクを高める事も要因と考えられます。また、IMHAにより形成される血栓は静脈血栓がほとんどと言われております。静脈血栓はフィブリンが主体であり、その形成に血小板数や血小板機能はあまり関与していないため、抗血小板薬(アスピリンやクロピドグレルなど)より抗凝固薬(リバーロキサン、低分子ヘパリン)が推奨されます。

肝臓保護剤・サプリメント

一部の免疫抑制剤や長期的な高用量ステロイド剤投与を見越して肝擁護剤整腸剤、サプリメントの併用を考慮します。サプリメントに関してはLカルニチンタウリンなど肝臓機能保持や、ロイシンHMBなどの筋量維持を目的とした成分のものを私は好んで使っています。

外科治療

IMHAの再発症例や維持期での減薬が困難な症例においては脾臓摘出術が考慮される場合があります。

脾臓は古くなった赤血球を取り除き、その成分を再利用するといった、血液のスクラップ工場的な役割を果たす臓器です。IMHA症例において認められる球状赤血球は、変形能に乏しく、その結果として脾臓内で捕捉され、血管外溶血を引き起こします。大規模に行なった脾臓摘出とそうでないIMHA症例を比較した報告はなく、臨床経験に基づいた手術の適応判断となります。私自身は脾臓摘出により免疫抑制療法を中止できるまで寛解に至った症例を何例か経験しているため、維持期を迎えた症例においては(制限要素がない限り)積極的に脾臓摘出術を勧めています。

まとめ

MHAは犬でよく認められる溶血性疾患であり、症状・進行が軽度〜重度なものが様々であるため、適切で早急な診断と治療介入が予後を改善させる最大の鍵となります。茅ヶ崎・辻堂エリアで貧血症状にお困りの方は湘南Ruana動物病院までご相談ください。

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