早期診断が鍵となる!犬の免疫介在性溶血性貧血(IMHA)の病態と診断について

はじめに
わんちゃんが突然に元気がなくなったり、食欲が落ちたり、歯茎の色が白っぽくなったりする事はありませんか?こうした症状の裏に免疫介在性溶血性貧血(Immune-Mediated Hemolytic Anemia :IMHA)という深刻な病気が隠れている場合があります。この記事ではIMHAの基礎知識から症状、診断について解説していきます。
IMHAとは?
免疫介在性溶血性貧血(Immune-Mediated Hemolytic Anemia :IMHA)は、免疫システムが何らかの要因により誤作動を起こし、自分自身の赤血球を敵とみなして、攻撃・破壊してしまう病気です。赤血球は酸素を全身に運ぶ重要な役割を担っているため、赤血球が減少すると、酸素不足が身体に悪影響を及ぼし、さまざまな症状を引き起こします。

この病気は主に犬で多く見られる自己免疫性疾患の1つで突然発症する事が多いため、早期発見と早期治療介入が重要となります。
IMHAの主な症状
IMHAは免疫細胞が赤血球を敵とみなして、破壊する病気です。赤血球が壊れる事を溶血と言います。
溶血を起こすと、ヘモグロビンなどの赤血球の色素が漏出するため、血色素尿(赤〜褐色の尿)が出る事があります。同時に貧血により、粘膜色が白っぽい〜黄色っぽい(黄疸)といった状態がみられるようにもなります。酸素を全身に運ぶ事ができなくなるため、元気の低下や食欲の低下、嘔吐・下痢、呼吸促迫など様々な症状が見られるようになります。
IMHAは重篤なものから軽度なものまで様々で、重篤な場合には数日で死の転機を辿る事も珍しくありません。よって、いかに早く的確に診断を進めて、早急な治療介入を行う事が重要となります。
IMHAの診断
再生性貧血
貧血は様々な疾患で認められますが、出血や破壊で貧血が生じた場合には通常「赤血球の再生像」が確認されます。再生像は赤血球が積極的に再生する事により「多染色性(若い赤血球細胞)を伴う大小不同な赤血球」といった様子が顕微鏡で観察されます。
IMHAも赤血球の破壊を引き起こす病気のため、通常はこの赤血球の再生像が認められます。しかし、IMHAの中でも骨髄内での破壊が生じている場合(赤血球前駆細胞を標的とした免疫介在性貧血:PIMA)や急性期の場合(赤血球の破壊にまだ身体が追いついていない時)などではこの赤血球の再生像が認められません。IMHA罹患犬の約30%は初診時に赤血球の再生像が認められなかったとする報告もあり、再生像がないからといってIMHAを除外する事はできません。
そこでIMHAの診断で最も重要となることは、貧血の中でも「免疫反応を示す所見がある事」が前提の上、「溶血を示唆する所見がある事」がポイントとなります。

免疫反応を示す所見
貧血が確認できたら、赤血球に対する免疫反応を示すバイオマーカーの評価が次に行うこととなります。
赤血球に対する免疫反応を示す所見として、球状赤血球(犬のみ)、赤血球の自己凝集像、直接クームス試験の3つの評価を実施し、2つ以上の項目を満たせば、IMHAを診断する強い根拠となります。
球状赤血球の増加(犬のみ)

正常な赤血球はセントラルペーラーと呼ばれる中央部の”くぼみ”が認められます。しかし、IMHAにおいては赤血球が貪食(捕食される)事によりこのセントラルペーラーが確認できない球状の赤血球と変化します。球状赤血球は変形能に乏しく、その結果として脾臓内で捕捉され、血管外溶血も引き起こされます。
球状赤血球の出現頻度を、どのくらいから増加と判断するかを検討した研究では、顕微鏡の対物レンズ100倍の1視野当たり球状赤血球≧5個を基準とした場合は、IMHAの診断を支持する所見とされています。
赤血球の自己凝集

血液1滴に対して生理食塩水4滴を混合して赤血球の自己凝集を観察します。正常であれば赤血球はバラバラな状態で観察されますが、自己凝集が見られると赤血球が塊状に観察されます。偽陽性を減らす試みとして、血液を生理食塩水で3回洗浄後に自己凝集を評価する方法も推奨されます。
直接クームス試験
抗赤血球抗体の検出する方法として直接クームス試験という精密検査があります。外敵や異物に対して抗体を作る事が正常の免疫反応ですが、このターゲットが赤血球となっている事を証明する試験です。この直接クームス試験は免疫抑制療法を開始することによって、陰転化する(陰性となる)可能性があるため、治療開始前にサンプルを摂取する事が推奨されています。輸血の影響に関する大規模な調査は行われていないため、こちらもサンプル摂取後に輸血を実施する事が推奨されます。
溶血を示唆する所見
赤血球の破壊が起こると赤血球の中にあるヘモグロビン(血色素)が放出され、ヘモグロビンの代謝産物である間接ビリルビン(黄色色素)が上昇します。腎臓ではこれら成分がそのまま濾過されるため、尿が赤い(血色素尿)や濃い黄色(ビリルビン尿)またはこれらが混ざった褐色尿が検出されます。血液においても血漿成分が赤〜黄色となり、高ビリルビン値を示します。溶血を示唆する所見として、高ビリルビン血症、ヘモグロビン血症/ヘモグロビン尿などが挙げられます。
溶血には、血管の中で直接溶血が起こる「血管内溶血」と、脾臓内での破壊・処理によって生じる「血管外溶血」があります。血管内溶血は直接的に溶血が起こるため、進行が早く、溶血の根拠も検出されやすいといった特徴があります。一方で血管外溶血では進行は比較的緩徐な場合があり、ビリルビン値の上昇など起こりにくい傾向にあるため、溶血を示唆する所見として検出されにくいといった特徴があります。
高ビリルビン血症
肝機能低下や閉塞性黄疸(総胆管の閉塞など)または敗血症が認められなければ、高ビリルビンは溶血を示す根拠となります。
- 黄疸
- 血漿の総ビリルビン値が参考範囲より高値
- ビリルビン尿の検出
これらの項目のうち最低1つでも満たせば、高ビリルビン血症を示す根拠となります。
ヘモグロビン血症/ヘモグロビン尿
ヘモグロビン血症は血漿の色を目視で確認することや、細胞外ヘモグロビン濃度を測定することで検出されます。この際、採血手技やハンドリングの失敗による溶血ではない事を確認する必要があります。また、高脂血症などの要因がある場合、赤血球の脆弱性が亢進する事がありますので、そこも注意が必要です。
ヘモグロビン尿かどうかの判断は、①赤色尿であり、遠心分離後にも尿上清が透明にならない、②尿スティック検査でヘモグロビンが陽性反応であり、かつ顕微鏡下で尿中に赤血球が観察されないといったポイントで判断します。
赤血球が溶血し、赤血球の細胞膜のみが観察される赤血球ゴーストという所見も血管内溶血を示す根拠となります。
その他の検査所見
IMHA以外にも再生性貧血を起こす疾患は存在し、これらの除外診断は必要となります。また、IMHA自体も腫瘍性疾患(特にリンパ腫)などにより二次的に発症する事があるため、IMHAと診断した場合でも、その基礎疾患を探求する必要があります。
IMHA以外における再生性貧血の鑑別疾患として出血、感染症(ベクター媒介性疾患)、中毒・酸化障害(ネギ科の誤食など)など挙げられます。出血は画像検査や凝固検査の組み合わせで確認し、感染症はPCR検査で確認。中毒に関しては飼い主様からの情報より判断します。よって、血液の疾患ではあるものの画像検査などを組み合わせて総合的に判断する必要があります。
まとめ
IMHAは犬でよく認められる溶血性疾患であり、症状・進行が軽度〜重度なものが様々であるため、適切で早急な診断が治療成功の鍵を握ります。今回はその診断について解説させて頂きました。次回はIMHAの治療について解説していきたいと思います。茅ヶ崎・辻堂エリアで貧血症状にお困りの方は湘南Ruana動物病院までご相談ください。